36-1.何かが違う

文字数 869文字

 その光景を見た瞬間、目の裏がビリビリしてなにを思ったかなんて覚えていない。足が、腕が、勝手に動いてふたりを引きはがしていた。
 握った彼女の手は震えていて、正人はまた思い知った。
 どうしていつもいつも一人で背負うのだ。誰かを頼らないのか。
 大丈夫なのに、大丈夫だから。そんな台詞は聞き飽きた。

(大丈夫なんかじゃないくせに)
 頼ってほしいだなんて思うのは驕りだと反省したときもあった。だけどやっぱり、見ているだけなんて嫌だ。

 ――約束、守ってくれたんだね。
 ――お願いね。
 もっと言って。おれだけに言って。もっと頼って、いちばんに。
 あなたのためならなんだってする。

 ――そこがあなたのいいところかもね。
 あなたの言葉にだけ従う。そうでなければもう、自分を保つことすらできない。
(おれは、あなたが見ていてくれなきゃ、ダメなんだ)




「結局、京都奈良なのな」
「ねえ、組織票でもあったのかな」
 がやがやと門前町の坂を上りながら片瀬修一と森村拓己がぼやく。
 修学旅行一日目。奈良で寺院を見学に行くところだ。

 ふたりの後ろを歩きながら池崎正人は終始暗い表情をしている。今は一緒ではないが小暮綾香と須藤恵の様子もぎこちない。
 拓己は予感を感じずにはいられなかった。
(もう駄目なのかな)
 随分とあれこれ工作して頑張ってはみたけれど、もう無理なのかもしれない。

 そこから抜け出せる人間とそうでない者の違いなんて拓己にはわからない。
 けれど拓己が美登利の近くで見てきた中でも池崎正人が初めてのタイプなのは間違いない。
(坂野さんが認めたくらいだ)
 楽な方へ流されていれば良かったのに、正人はそうはならなかった。

 なにが違うんだろう、自分と正人を比べて考えてしまったこともある。
 だけど比べることに意味なんてない。敢えて茨の道を行く。そういう人間は、根本的に徹底的に、何かが違う。
 計算でしか動けない拓己にはそうとしか思えない。

 それでいい。もう勝手にしろ。計算のきかない馬鹿なんておまえが初めてだ。
 自分にとっても計算を外れたところで、悟りの境地で拓己は思った。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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