2-6.滅茶苦茶怖いぞ

文字数 964文字

「なに言ってるのよ! あの背と顔面偏差値の高さを無駄にはできないでしょう!」
「いや、だから……」
「文化祭の成功がかかってるのよ、みどちゃん」
「…………」
 誰か助けて。心底思ったというのに。その場から誰一人いなくなっていた。




「池崎くん。今朝はありがとう」
 廊下の個人ロッカーから午後の授業のテキストを取り出していると、須藤恵に声をかけられた。鼻の頭には擦りむけた傷と、両の膝小僧には絆創膏。
「ごめん。おれが無理やり引っ張ったりしたから」
 ふるふると両手を振って恵は小さく笑った。
「いいんだよ。池崎くんに連れてきてもらわなかったら、今日もサボってたかもしれないもん」

 須藤恵が同じクラスで、無断欠席で風紀委員会の要注意人物リストに載っていただなんて正人は知らなかった。知らないからあんな無神経なことができたのだが。

「よかったよ。おかげで中川先輩に話を聞いてもらえて、だいぶ気持ちが楽になったもん」
 なんの罪もない笑顔で恵が言い切る。
「もっと怖い人かと思ってたけど、そんなことないんだねえ。優しい人で安心したよ」
 それはないだろう。滅茶苦茶怖いぞ、あの女。
 真実を言うべきか言うまいか、悩んでいると視線を感じた。

 廊下の少し先、一年三組の教室の前から髪をポニーテールにした女子生徒がこっちを見ていた。正人ではなく恵を。恵も気がついてそちらを見る。途端に彼女は教室の中に入っていってしまった。
「友だち?」
「うん。そうなんだけどね」
 尋ねた正人に恵は泣き笑いの表情になって俯いた。




「百合香先輩のむちゃぶりなんか無視でいいと思うよ」
「そうですよ。だいたいそれって三年生の問題じゃないですか」
 放課後、中川美登利は坂野今日子と船岡和美と連れ立って屋上への階段を上っていた。それぞれ文化祭実行委員会の腕章を付けている。

 ペントハウスへの最後の折り返しに差し掛かったところで、腰壁の陰から人が飛び出してきて三人は驚いた。三年生らしい女子生徒がものも言わずに廊下を走り去っていく。
「…………」
 美登利たちは苦い表情で顔を見合わせるしかない。

 思った通り、屋上入り口前の暗がりにその人物がいた。
「うちら先に行ってるよ」
 美登利から鍵を受け取り、和美と今日子が屋上へ出ていってしまう。開け放したままにした扉から、少し強さを増した日差しが差し込んでくる。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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