26-13.「ラブレターだよ」

文字数 1,013文字

 見ていた生徒たちの間から悲鳴が上がった。
 長い髪が、切れて、反動で倒れ込んだ金指を駆け付けた男子生徒たちが取り押さえた。

 こちらも座り込んでしまったまま、美登利はほっと息をつく。
「大丈夫? 痛いところはない?」
 尋ねると、腕の中の女子生徒は泣きじゃくって謝った。
「先輩、ごめんなさい。髪が……髪が……」
「大丈夫。なんでもないよ、これくらい」
 笑って答える。大丈夫、大丈夫。自分にも、言い聞かせるように。




 本人が強いて冷静でいようとしているのに、まわりの反応の方がすさまじかった。
 女子は涙を浮かべるし、男子でさえも絶句する。少し面白くなってしまった。

 それはそうと、宮前に引き渡される際、金指がおかしなことを言っていた。
「中川文書?」
 眉間にしわを寄せて綾小路が唸るように言う。
「それが千重子理事長の目的だと?」
「と、言うのだけど。なんのことやらさっぱり」
 妹でさえ肩を竦めているのだ。根拠のないねつ造なのか、少なくとも千重子理事長はそういうものがあると信じているのか。

「初代が隠した秘密文書……」
 誠も考えてはみたが思い当たるふしはない。
「おそらく創設に関わる機密事項だとか、裏取引の証拠だとかそんなものを想像しているのだろうが」
「苗子先生に限って、そんなものあるわけがない」
「それはそうだが」
「では、千重子理事長の妄想の産物でしかないってことだな」
 結論付け綾小路は踵を返そうとしたが、美登利が小さく声をあげたのを聞いて立ち止まった。

「まさか、まさかね」
 ひとりでぶつぶつ言いながら美登利は廊下を歩き始める。
 誠と綾小路は顔を見合わせてから彼女の後について行った。向かったのは生徒会室。

 壁際に並んだキャビネットの一番古いものを開ける。
 ろくに整理されていないそこは、黄ばんだ書類や薄汚れたファイルが適当に放り込まれている。
 しゃがんで中を覗き込んでいた美登利は、埃をかぶった紙の束の間から大ぶりの缶を取り出した。
「あった……」

 まるで骨壺のようなそれを長机の上に置く。
 綾小路に目線で問いかけられたが誠も初めて見るものだ。フタの縁は黒ずんで錆びているのがわかる。
 美登利はその上にハンカチを被せてからなんとか指でこじ開ける。中を覗き込んで大きく息を吐き出した。

 缶をひっくり返す。
 バサバサと机の上に広がったのは、色とりどりの封筒の山だった。切手はないがどうやら手紙であるらしい。
「なんだ? これは」
「ラブレターだよ」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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