2-7.「俺の大好きなタイプ」

文字数 1,031文字

 光に目を細めながら佐伯裕二が重く口を開いた。
「言っとくけど、俺が誘ったんじゃないよ」
 足を投げ出し壁にもたれて蹲っている佐伯裕二を、美登利は腰に手をあて立ったまま見つめる。

「今お付き合いしてるのは調理部の一年ですよね」
「うん、小暮綾香」
 そこで初めて、佐伯は美登利に向かって視線を投げた。
「気が強くてプライドが高く向こう見ず。自分の方が劣っていることも知らずに友だちを見下してる。俺の大好きなタイプ」

「女嫌いのくせに、よく言いますね」 
 佐伯裕二は「はーっ」と息を吐いてずるずる体を横たえた。
「嫌いだねえ。女ってやつは。自分勝手でわがままで、自分を世界で一番きれいな存在だとでも思ってる。その上押しつけがましいときた日には、虫唾が走るよ」

 淡白で無気力でいい加減。佐伯裕二を知る者は皆がそう言う。
 女嫌いの癖に女子と付き合うのは、拒むことさえ面倒だから。来るもの拒まず去るもの追わず。そうやって、誰もが自分を通りすぎていくのをただ待っている。
 女が、というより人が嫌いなのだろうな、と美登利は思う。ずけずけと他人を傷つけもするけれど、本人にとっても楽な生き方ではないはずだ。だからといって同情したりしないけれど。

「否定はしませんけど、でも、人って変わるんですよ。賢い友人がそばにいるならなおさら。佐伯さんはそういうこと信じないのでしょうけど」
「……」
「大体先輩は自意識過剰すぎ。誰もかれもが友情より自分を選ぶと思ってやしませんか?」
「……」
「聡明な子なら、ちゃんとわかってますよ。一時の感情で友人を失くしたりなんかしない」

「じゃあ、賭ける?」
 ぐいっと身を起こして佐伯裕二が美登利を睨む。
「証明して見せてよ。その、女の聡明さってヤツ」




 翌日は朝から雨だった。
「やだねえ、このままグズグズ梅雨入りしちゃったりしないよねえ」
 いつものように伸びをしながら窓から昇降口前の中庭を見下ろした船岡和美は、目を見開いて体を乗り出した。
「ちょっとあれ。なにやってるの」
 え、と今日子も下を見る。

 色とりどりの雨傘が行き交う中庭の片隅。長身の影が小柄な女子生徒を追い詰めようとしていた。
 傘が邪魔でよくわからないがあれはきっと佐伯裕二だ。小柄な方は、赤い傘からショートボブの茶色がかった髪がわずかに見える。

 廊下を走り出した和美の後から今日子も駆け出した。
 生徒たちがざわめいている昇降口前を通りすぎ、渡り廊下の方から現場を押さえる。
 そこでは既に、さらなる事件が起きていた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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