2-5.「やってほしいのよ、ギャルソンを」

文字数 1,021文字

 話し込んでいたので人が入ってきたことに気づかなかった。
「なにをこそこそしてるんだ」
 しゃがみこんでいたふたりは頭上から降ってきた声にびくっとする。
「えーと、恋バナ?」
「そうそう。恋バナ、恋バナ」
 綾小路が呆れた顔で立っていた。

「なにさ、昼休みにわざわざ」
「三年の文化祭企画案、驚くぞ」
「受け付けは今日の放課後からだよね」

「でかい企画だから早めにって俺に直接持ち込まれた」
 生徒会長兼文化祭実行委員会委員長に就任予定の一ノ瀬誠が説明する。
「規準は守ってもらうよう、いったん持ち帰ってもらったけど」

「三年生が全クラス合同でカフェを……」
「大正レトロカフェ」
「……をやりたいと」
 美登利と和美は目を瞠る。
「学食とピロティの全面解放と厨房の使用許可を要求された」
 綾小路は苦々しい様子だけど、
「いいと思う」
 美登利は手放しで賛成した。
「いいよ。おもしろいよ。三年生すごいよ」

「そうでしょう、そうでしょう! もっと言ってちょうだい」
 高い声が割り込んできた。
「高校最後の文化祭! 私たちは本気なのよ」
 三年の岩下百合香。元生徒会副会長で女子生徒のリーダー的存在だ。

「学食をレトロモダンなホール風に飾り付けて、着物にフリフリ白エプロンな女給さんスタイルの女子が接客するの!」
 見て! と手にしたファイルをめくって参考資料らしきページを開く。
「おおー。カワイイ」
「いいですね」
「そうでしょ、そうでしょ。それでね、女子がここまで体を張るんだから、男子はこうよ!」

 どうよ、と見開かれたページの写真には白シャツに黒のカマーベスト、丈の長い黒エプロンをまとった男性の姿。
「おおー。カッコイイ」
「……ギャルソンですか」
 でもこれって着る人を選ぶのでは。口には出さなかったが、百合香には伝わってしまったらしい。

「わかってるわよ、みどちゃん」
 美登利の肩を抱き寄せ、したり顔で頷く。
「ギャルソンは選りすぐりの男子にやってもらうから。それでこそ付加価値が付くってものだもの。それでね、みどちゃん。相談なのだけど……」
 いやぁな予感がしたものの、肩をがっちり掴まれてしまって逃げることができない。

「あの人にもね、やってほしいのよ、ギャルソンを」
「あの人って、例のあの人ですよね……」
「そうそう、例のあの人。彼がいるといないとじゃかなり違うと思うのよね」
「いやあ。あのひとはこういうことはしないんじゃ」
「だからみどちゃんに頼むのよ、なんとか説得してちょうだい」
「無理です」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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