6-1.微妙に不機嫌
文字数 1,093文字
「それで? 紗綾ちゃんのお誕生日祝いだったよね」
「そう。なにがいいだろうか」
至極真面目な顔をして綾小路が訊いてきたものだから、
「そうねえ」
中川美登利も頬に手をあて首を傾げた。綾小路の婚約者の錦小路紗綾嬢は、綺麗なものや可愛らしいものに目がない少女だったので、
「紗綾ちゃんなら大人っぽいものの方が喜ぶかもね」
取り敢えず入った宝石店で、美登利はぐいっと綾小路の袖を引っ張った。
「これすごくかわいい」
華奢なつくりのブレスレットだった。金の鎖にごくごく小さな三色の石がはめ込まれている。
「少し大人っぽくないか?」
「だからいいの。恋人からのプレゼントならプライドとステータスが感じられるものでないと」
「そうですね。その点、こちらのお品はおすすめですよ」
すかさず店員が応じる。
「当店のオリジナルですから、お求めやすくなっております」
結局それに決めさせられた。
「彼氏さん、優しいですね」
店員の言葉に目を剝いた綾小路の隣で、美登利はにこっとブリザードの微笑みを浮かべた。
「それ、郵送するの?」
レモンパイをぐしゃぐしゃにしながら美登利が訊く。
「京都まで届けてられんからな」
「せめてカードくらい添えなさいよ。プレゼントって課程が大事だよ」
品物だけ送るつもりでいた綾小路は言葉に詰まる。
「まあ、紗綾ちゃんはそういうあんたのことわかってるからいいのだろうけど」
フォークから手を放して美登利はカップを持ち上げる。
「体育部会の話は聞いたか?」
「いいえ。休みの間の情報はさっぱり」
「鹿島先輩は後任に安西を推すようだ」
「私はそれがいいと思ってたよ。それで副職には尾上が就くのでしょう。いいんじゃないかな」
「問題は奴らが池崎少年に注視してることだな」
「池崎くんね」
「人材育成の意味でも彼はこちらで囲い込んでおきたい。横槍を入れられるのは勘弁だな。……なんだ?」
美登利が黙ってフォークを回しながら自分を見ているのに気づいて綾小路は眉を上げる。
「あんたも随分池崎くんを評価するようになったね」
「もともと彼を発掘したのはおまえさんだろうが」
微妙に不機嫌な様子の美登利に綾小路は訳がわからなくなる。
「わかった」
いつの間にか見るも無残だったケーキはきれいに空になっていた。フォークを置いて美登利は微笑む。
「そのへんのことは私に任せて」
一ノ瀬誠や宮前仁らに比べればそう長い付き合いではないが、美登利が良からぬことを企んでいそうな気配は綾小路にもわかる。
問題は、誰に対して良からぬことであるのか、であるが、それを洞察できる力は綾小路にはなかった。