27-1.なにも言わない

文字数 982文字

 かろうじて肩に届くくらい残っていた髪は、綺麗に整えてもらうとうなじが隠れる程度の長さになってしまった。
 母になんて言おう。そればかり考えて会計をして店を出る。自宅に着くまでずっと言い訳を考えていたが「急に切りたくなった」としか言いようがない。

「ただいま」
 重い気分で母の前に立つ。卒倒されたらどうしよう。
「あらー、美登利さん。どうしたの? 似合うじゃない」
 地球を半周するくらいびっくりして、こっちが卒倒するかと思った。
「お腹すいたでしょう。こんな時間だし、そのままご飯食べちゃって」
「うん」
「遅かったな」
 先に帰宅していた父親もなにも言わない。

 両親の顔を見ながら、美登利は「ああ」と納得した。
 こういう根回しが得意なのだ、あの幼馴染は。
 食事をすませて自分の部屋に上がる。電気もつけずに美登利はぽすっとベッドに横になった。
「疲れた……」




 二度目の文化祭当日。やっぱり寮生総出で叩き起こされ二時間早く登校させられた。
「眠い」
 ゲートの設置をしながら梯子の上で池崎正人は大きなあくびをする。
「おはよう」
 下から小暮綾香が手を振った。
「今日お昼一緒に食べれる?」
「どうだろう、昼休憩ってどうなってた?」
「おまえなあ」
 横から森村拓己が助け舟を出す。
「後で連絡取り合おう」
「うん」

 それを遠目に眺めて船岡和美が口元を歪める。
「なんかさ、あの子たち空気が変わった」
「池崎くんたちですか?」
 坂野今日子もチラッとそちらを見る。
「良かったじゃないですか。親密度が増したみたいで。船岡さんはそれを望んでたのでしょう」

「そうなんだけどさ」
 船岡和美は頭の後ろで両手を組む。
「フクザツなんだ、あたしもさ。わかっちゃうからさ」
「なにがですか」
「みんながみんな、坂野っちみたいに潔いわけじゃないからさ」
「褒めてくれてます?」
「褒めてる、褒めてる」

 脇からそのやり取りを見やって中川美登利がくすりと笑う。
「じゃあ私、行ってくるね」
「行ってらっしゃい! こっちはおまかせあれ」
 後姿を見送る。和美も今日子も、短くなった髪にばかり視線が行ってしまう。

「大丈夫そうだね、美登利さん」
 和美がつぶやいたのに、今日子はきっとまなじりを吊り上げる。
「馬鹿ですかっ。大丈夫なわけないじゃないですか!」
 今日子が声を荒げるのを和美は初めて聞いた。
「あんなにきれいな長い髪……大丈夫なわけないでしょう」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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