10-1.なに言ってるの、この人

文字数 844文字

「実は僕、妹のことが好きみたいなんだけど、これっておかしいのかな?」

 なに言ってるの、この人。
 榊亜紀子がそう思ってしまったのも仕方ない。今まさに彼に告白し、交際を申し込んだ相手に向かって言うセリフとしてはどう考えてもオカシイ。

 だけど亜紀子は彼とどうしても付き合いたかったので、辛抱強く真剣に彼の発言について考える。
 それは妹さんと寝たいということなのでしょうか、とはさすがに言えない。
「幸い、あの子を欲しいと思ったことはないけれど」

 亜紀子はほっとしてこわばった頬になんとか笑みを浮かべる。
「ああ、それなら。よくある話じゃないかなあ。おかしくはないと思うけど」
「そうか……」

 彼は曲げた指を唇にあてて少し考え込む。
 カフェの窓際の席。光が差して色素の薄い彼の容貌をますます淡くはかないものにする。それでいて光の縁取りが目にまぶしい。
(ああ……)

 今すぐスケッチブックを開いてデッサンしたい! 禁断症状に震える右手を握りしめる亜紀子に彼はふわりと笑いかける。
「そう、それでね。僕と付き合いたいって話だったよね」
「はい!」

「さっき言ったように、僕は妹が大好きで、いちばん愛していて、あの子以外大切なものなんてなにもない。もしあなたと妹が死の病で僕の心臓を必要としているとして、僕はあなたを見捨てて迷わず妹に命を捧げるけれど、それでもいいかな?」

 亜紀子はたらりと汗をたらしたまま硬直する。
「これはもう命題なんだ。変わらない。変えられない。それさえ呑んでくれたなら、あなたとお付き合いするのはかまわないけど」

 どこまでも優し気な柔らかな表情。だけどその奥につよくつよくつよく撓んで歪んで渦を巻いたものがあるはずだ。
 本当の彼を形作っているもの。光と影があるように、人の心はひとつではないから。外見の美しさだけではない。その内のいびつなものまで見出して描き切りたい。

 そのためには、彼のパートナーになるのがいちばん手っ取り早いのだ。だから。
「お願い致します」
 至上の選択だったはず、なのだが。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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