17-5.どきどきした

文字数 890文字

 なにも考えなくても体が動いていた。
 気がついたら、正人の背負い投げが決まっていた。
「やった!」
 飛び上がって宮前が喜ぶ。
「すごいぜ、池崎! おれら初めて試合で勝ったよ」
 柔道部員の問題発言はさておき、正人も素直に嬉しかった。

 だがその勢いは中堅、副将には引き継がれなかった。
 一勝二敗で迎えた大将戦、盛り上がる場面であるのに大将である一ノ瀬誠の表情は暗かった。

「やっぱり来るんじゃなかった」
「おいおい、頼むよ」
「腹が立つんだよ、あの顔」
 西城の大将である高田は自校の勝利を確信して余裕の表情だ。
「力の加減ができそうもない」

 つぶやいて立ち上がった誠を見送り、宮前はがっくりと肩を落とす。
「だめだな、ありゃ」




「で、絞め技でやりすぎて反則を取られたと」
「だから勝負事は苦手だと言ってるんだ」
 開き直りとも取れる誠の表情に綾小路は盛大にため息を吐く。

「予想通りでつまんない」
 クールな和美の言葉に坂野今日子がフォローに回る。
「でも柔道部員もなかなか頑張ってくれたようですし」
「確かにそれは収穫だが」
 尾上も頷く。

「でも来年はもう呼ばれそうもないよね」
 肩を竦めた美登利に安西がまあまあと扇子を開く。
「武道大会の常連になれるかどうかは後進への課題ということで」

 安西の言葉に皆が黙った。
 それぞれがそれぞれの表情で残された時間を思う。
 残りあと一年……。




「おつかれさま」
「うん」
 久々にふたりでの帰り道。綾香は嬉しくて仕方がない。
「活躍したんだってね」
「負けは負けだけど、でも、おもしろかった」
「わたしはさびしかったな。一緒に帰れなくて」
 なるべく押しつけがましくならないよう、声を明るくして綾香は気持ちを言ってみる。

「うん……」
 驚いた風に目を上げる正人に綾香は勇気を出して言ってみた。
「だから、手をつないでくれる?」
「いいけど」
 差し伸べられた手に自分の手を重ねる。

 それほど大きくないけれど、思ったよりずっと節くれだった指。
 どきどきした。照れくさくて顔を上げられない。

 手をつないで信号までの短い道のりを歩いた。
 それだけで綾香は十分しあわせだった。
 そのときには、そう思った。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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