16-3.自分自身の問題だから

文字数 936文字

『だからって、自分までくだらない人間みたいになっちゃうのは、違うんじゃない?』
『……』

『わたし明後日までこっちにいるんだ。明日もここで遊ぼうよ』
『あいつらも来るかも。今頃仕返し考えてるよ』
『いいじゃない。わたしいいこと考えちゃったんだ』

 あまりにも朗らかにその子が笑うから、このとき既にあのような恐るべき計画が彼女の頭に描かれていようとは思いもしなかったのである。

 その恐るべき計画とは……。
 翌日、その光景を前にして拓己は呆然と立ちすくむしかできなかった。

『バカヤロー! 出せ! この野郎』
 林の中でぽっかり口を開けていた深い縦穴に突き落とされた三人が口々にわめいている。
 その傍らでにこにこと穴の中を覗き込んでいた翡翠荘の女の子が拓己を振り返る。

『昨日この穴見つけてさ、使えないかなーって思ってたんだ。ここまで簡単に誘導されるなんて単純だねぇ。で、どうしようか? こいつら』
『え……』
『埋めちゃおうか。こいつらのせいで君の毎日くだらなくなってるんでしょう。埋めちゃおうか、思い切って』

 笑顔がほんとうに可愛くて、彼女が本気なのかどうかがまったくわからない。
 しばらくその顔を見つめながら考えた後、拓己は答えを絞り出した。

『そんなことしない。こいつらがくだらないってことと、自分がくだらない人間になるかどうかは、全然別の問題だから』
 誰かのせいなんかじゃない、自分自身の問題だから。

『……』
 そこらの枝で落とし穴の連中をつっついていた彼女は笑って立ち上がった。飽きたようにぽいっと枝を投げ捨てて拓己の手を取る。
『浜に行こうよ』
『え、でも』
『早く早く』
 そのままぐいぐいと手を引かれ、拓己は境内の参道を下りていった……。


「ちょっと待て」
 そこまで聞いて、正人が突っ込みの声をあげる。
「ほったらかしかよ、その連中」
「ほったらかしだったねえ……。まあ、わりかしすぐに発見されてさ、僕が犯人だって大騒ぎされて、怒った親に蔵に閉じ込められた。そしたらその夜、美登利さんが来てさ、蔵の窓から僕を引っ張り上げて助けてくれたんだけど、それでまた怒られてさ」

「むちゃくちゃだ」
「無茶苦茶さあ。でも、そのときもどうにかなったっていうか、最終的にはお互い悪かったねって感じで話がまとまってさ」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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