15-1.なんたる堕落
文字数 862文字
クリスマスが近づいてきたある日、彼が言った。
「イブの夜はどうしても顔を出さなきゃならない集まりがあって、君といられないのだけどいいかな。君が嫌なら……」
「大丈夫です!」
榊亜紀子は彼にみなまで言わせずに返事をする。
「どうぞお出かけしてきてください」
(さっき絶対、君が嫌ならお別れだねって言おうとした)
いい加減、亜紀子には彼の言動のパターンが見えるようになってきている。
そう? と微笑んだ後、彼は少し思案顔になって亜紀子を見つめた。
「恋人同士が会うのはイブの夜って決まっているの? クリスマス当日なら空いてるのになあ」
なに言ってるの、この人。亜紀子は胸がきゅうぅっとなって困る。
最近の亜紀子は彼のこんな言動が愛しくて愛しくて仕方がない。
(なんたる堕落)
「ルールなんてないですよ。いつだっていいです」
「それなら、二十五日に」
「はい」
こくこくと頷いて彼を見送った後、亜紀子はその場に這いつくばって落ち込んだ。
(なにやってるの私……)
あまりの幸せに自分の使命を忘れてしまった。
そう、今の自分の絶対にして至上の使命、彼を怒らせるということ。
天気がいいから外を歩こう。彼が言うので亜紀子の部屋からほど近い公園まで来た。
イブの夜が明けた今日、街はとても穏やかだ。
彼の少し後ろを歩きながら亜紀子は考える。今日はどんなことをやらかしてやろう。なにをすれば彼は怒るのだろうか。
クレープの移動販売の前を通りかかる。随分な行列でそんなに美味しいのかと亜紀子は少し気になった。
気がついて彼が笑う。
「買ってきてあげる。そこに座って待ってて」
「いえ、一緒に並びます」
とにかくそばにいて彼を観察しなければ。考えながら立て看板のメニューを凝視していたら、彼がくすっと笑った。
「そんなにチョコが気になるの?」
チョコレートのトッピングの列ばかり見ていたらしい。
「ええ、まあ。普通に好きですね。チョコバナナにしようかしら」
ますます彼は微笑む。
亜紀子はピンときた。今、他の誰かのことを考えた。もしかしたら……。