35-4.「顔に書いてある」

文字数 1,025文字

 怒りなのか悔しさなのかわからない。表情を凍りつかせて達彦は立ち上がる。
 美登利の手が離れる。彼女は慌てて立ち上がったりはしない。下からじっと達彦を見上げている。
 すっかり読み切られている。もう彼女にはわかっているのだ。
 結局達彦がその願いをかなえることを。
「酷いな、本当に」
「あなたが言うの?」

 やっぱり仕返しなんじゃないか。ゆっくり立ち上がって衣服をはたいている美登利を見て達彦は思う。
 きっと彼女自身、自分の行動にそれほどの意味など見出していないに決まってる。思ったまま、あるがままで彼女は動くから。

 変わってなんかいない。やっぱり彼女は彼女のままで、狡さも歪みも執着も、すべて受け入れて愛そうと思った。
 もうこうなったら長期戦覚悟だ。どうせ自分にはこの子以外考えられない。何年かかってもそばに居場所を確保する。
 ただ元来、強欲で性急な自我が目の前の彼女を求める。

(キスしたい)
 思ったとたんに彼女が目を上げた。なんともいえない表情で彼の顔を見る。
「顔に書いてある」
 キスしたい。くちびるを貪って舐めとって嘘も欺瞞も全部からめとってしまいたい。

 一歩で距離を詰める。彼女は後ずさりはしなかったが顔をそむける。
 その頬をとらえて強引に上向けた。彼女の目が一部始終を見ている。
 なにを狙っていてもかまわない。あの感触を今度はしっかりと感じたい。

「……」
!!
 いきなりふたりの間に誰かの腕と肩が割り込んできて驚いた。
 弾き飛ばされた達彦の目に、美登利を後ろに庇いながらその手をしっかり握った高校生らしい少年が映った。

 二三歩よろけて態勢を立て直す達彦を、池崎正人は口を引き結んで睨みつける。
「えーと……」
 前髪をかき上げながら達彦は、正人は無視して美登利に尋ねる。
「なにこれ? また新しい子だよね。君さあ、何人引きずり込めば気がすむわけ?」
「この子はそんなんじゃない」
「そうかな」

「先輩」
「いいから、大丈夫」
 心配そうに見返った正人を制して美登利は額を押さえる。
「そうだよ。むしろ今、君に助けられたのは僕の方だよ」
 訳がわからず眉を寄せる正人に達彦がにやにや笑って説明する。
「彼女いま、僕のこと思い切り蹴り飛ばそうとしてたんだから」

 びっくりして正人は振り返る。美登利は黙って達彦を見ている。
「川まで吹っ飛んでずぶぬれになるくらい覚悟してたんだけど。残念だよ、これで全部チャラにできると思ったのに」
 美登利が小さく舌打ちしたのが正人にはわかった。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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