18-2.貴く美しいもの

文字数 998文字

 彼女がきょとんとしているのに気づいて杉原はいったん言葉を止める。
「あれ?」
 大きな体の中で丸い瞳が困ったように唯子を見下ろす。

「えと、それだよね? 唯子ちゃんが見てみたいって言ってた、クジャク石って……。マラカイトのことだよね?」
「……!」
 すぐに気づけなかった自分の頭を思い切り殴ってやりたかった。

 唯子が好きな『石の花』という童話。子どもの頃から花が好きだったからタイトルに引かれて読んでみた。
 クジャク石で作られた「咲いている」鐘の形の花。これは作り話だとしても、木から舞い降りる小鳥の模様が見える石というのはどんなものなのだろう。

 今ならもう、このクジャク石がマラカイトのことで天然石の店に行けば美しく加工されたものがいくらでも売っているのは知っていた。自分が見たいと思っていたものとはまったく違うのだろうなと思って、それきり忘れてしまっていた。自分が彼にそんな話をしたことも。

 杉原がくれたのは、ごつごつした黒い岩肌に部分的に緑色の粉っぽいものが付着している、言ってしまえば本当にただの石ころだ。

「これって銅の二次鉱物なのね。十円玉に付いてる錆と同じってわかったら、親近感沸いちゃったよ。化学式見たら合成できそうだけど、人工のがあったりするのかな」
 彼のとつとつと、ゆっくりした話し方が好きだ。そして、もっともっと好きになった。

 唯子は花が好きだ。花はきれいで可愛い、生きているから。
 だけど今てのひらの中にある無生物である石ころも、唯子にとっては貴く美しいものだ。
 たった今、そうなった。

「ありがとう、大事にするね」
 唯子が微笑むと杉原もほっとしたように笑った。
「あのね、言わずにいたんだけどね。唯子ちゃんにお話のこと教えてもらったときね、読んでみたんだ、僕、その本を」
「どうして言わなかったの?」

「うん……読み終わったらね、なんだか、もやもやした気持ちになってしまって。ダニーロは本当に美しいものを作りたくて、山に行ってしまったんだろ? だけど結局、村へ戻ってしあわせに暮らしましたって。これってさ、理想なんか追いかけないで、ふわふわしたことばかり考えてないで、もっと現実を見て暮らしなさいって、このお話は言いたいのかなって思ったら、とても残念な気持ちになってしまって。うまく感想が出てこなくて……」

「そうかもしれないけど」
 唯子は彼の大きく肉厚な手を握りながら一生懸命に言った。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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