13-1.天使みたいで

文字数 878文字

 現生徒会会長一ノ瀬誠の圧勝でもって選挙が終わったその日の放課後、澤村祐也は音楽室のグランドピアノの脚下で蹲っている中川美登利を見つけた。

「みどちゃん」
「すごい顔してるよね、私」
 震える手で顔を覆って低い声で言う。
「そんなことない。みどちゃんはいつもかわいい」
 澤村は微笑って椅子に座る。
「子どもの頃となにも変わらない」
 静かに曲を弾き始める。

 子どもの頃、自分はなにも取り柄がないと思っていた彼は、仲間の輪に入るのも怖くて音楽室に隠れ、唯一弾けるピアノを弾いていた。
 ある日、気がついたら窓の外から頬杖をついた女の子が自分の演奏を聴いていた。目が合うとにこりと笑って褒めてくれた。

『きれいな音だねえ。天国から聞こえてくる音楽みたいだよ』
 身を乗り出してそう言った彼女の方が、空からの光を受けて、まるで今そこに降りてきた天使みたいで。

 あのときから世界が変わった。君がいてくれたなら、なんだってできる、なんだってやれる。


 芸術館から響いてくるピアノの音を中央委員会の一年生三人組も体育館の片づけを手伝いながら聞いていた。
「この曲クラシックじゃないね」
「イーグルスのデスペラード」
 片瀬がすぐに答える。
「歌詞がいいよな。フェンスを下りて門を開けなよって」

 ふうん、と気のない返事をして拓己が小さくつぶやいた。
「怖かったね、美登利さん」
「終わったんだから良かったよ」
 やっぱり片瀬がいつもの調子で言うから拓己は思わず笑う。
「おまえって大物」

 池崎正人は黙って体を動かしながら中川美登利の顔を思い出す。感情を焼き切ったような冷たい美貌。

 選挙運動期間の一週間、三大巨頭は皆が皆、似たような固く冷たい表情で他を寄せ付けなくなった。軽口をまったく叩かなくなり終始無言で己の仕事にのみ集中する。

 例外といえば例外なのが一ノ瀬誠で、立候補者として表だって演説を行い支持を訴えるのだから当たり前だ。
 だが、行き合う生徒たちに笑顔で対応していた誠が彼らに背中を向けた瞬間薄皮を落とすように表情を変えるのを目撃したとき、どっちがこの人の本当の顔なのだろうかと正人は怖くなった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み