23-5.「好きじゃないよね?」
文字数 961文字
『は、あんたなに言って……』
『澤村くんを好きなら私のそばにいた方がいいよ』
『……』
『そう思わない?』
「なんていうか、もう恐怖? それしか感じなかったよ、あのときは」
打算で妥協して自分に協力しろと堂々と脅されたのだ。そんなに澤村を好きならば。
「でもさ、あたしも計算はできる方だから、それもいいかなって思っちゃった。近くにいて陥れる機会があるならそれもいいかもって。なのに気がついたら、あたしの方がハマっちゃってた」
泣き笑いのような表情になって和美はまたフェンスの方を見る。
「あんなに美人なのに男前で、怖いけど優しくて、狡くて強くて、賢いのに抜けててさ。やること滅茶苦茶で意味わかんなくて、一緒にいると楽しくて。でも時々憎たらしい。あたしはやっぱり澤村くんが好きだから」
ふうーと息をついて和美は空を仰いだ。
「でも今となっては美登利さんを責める気にもなれなくてさ、それで一ノ瀬くんに嫌がらせしてやるんだけど、あの男がまた強くて強くて。まったく動じないんだ、これが。腹が据わってるというか、覚悟が決まってるというか」
「……」
「もう正直あたしにはあのヒトたちのことはわからんわ。美登利さんにしたって、本当のところ誰を好きなのって思うときあるし」
正人はもう相槌も打てなくなっていた。
あまりの情報量に混乱してしまって。
澤村は美登利を好きで、それは見ていればわかった。美登利も澤村を好きなのかと正人は思っていたのだが。
ふと目線を下げて正人はつぶやく。
「噂をすればですよ」
「え」
三階の渡り廊下、窓越しに一ノ瀬誠と澤村祐也がかち合うのが見えた。見るからに和やかに談笑している。
「笑ってるっすね」
「ああ、もう訳わかんない」
「なんでおれに、こんな話したんすか?」
「……池崎くんは、違うよね?」
は? と正人は目を瞠る。
「違うよね?」
「なにが」
「美登利さんを好きじゃないよね?」
「ば……っ」
泡を食う勢いで正人は叫ぶ。
「決まってるだろ、そんなのっ」
「好きじゃないんだね」
「決まってるだろ……」
「よかった。あんな人好きになっても、いいことないからね」
歩き出しながら和美は言った。
「せっかく可愛いカノジョがいるんだから大事にしなよ」
言い捨てて、すたすたとペントハウスを抜け階段を下りていく。