13-2.まさに暗躍

文字数 967文字

 それでなくともこの期間の一ノ瀬誠は精力的で、他の候補者の誰よりも演説の回数をこなした。
 普段のあれは省エネモードでどこかに蓄電しているのかもしれない、本多崇と拓己がこそこそ話しているのが聞こえたがとても笑える気になれなかった。

 公約担当の綾小路は二度行われる討論会に向け、広く浅く抽象的、かつその場でいくらでも解釈を取り換えられる公約作りに余念がなかった。
 一方で他陣営のそれに対しては針の穴をつくように、どんな些細な矛盾や詐称も見逃さずにすかさず攻撃する。
 日々変化する情勢を網羅しようとフル回転の状態だった。

 そして、表の対策員が綾小路であるなら中川美登利は裏の対策員だった。まさに暗躍、すなわち情報戦。

 今回最大の対立候補は現広報委員会委員長、向こうも情報のプロだ。早い段階から工作員を総動員して印象操作を行っていたことは明白、のみならず一ノ瀬陣営を攻撃する怪文書がばらまかれた。これもまた出所は明白。

「やり方が卑怯だ」
 しつこく立て続けにまかれる怪文書に本気で怒った正人だったが、
「この半分はこっちがまいたものだよ、自作自演」
 拓己に教えられて心底ぞっとした。
 そんなことは知らない生徒たちから見れば広報委員会側はしつこい陰湿な悪者に映る。あちらも事実無根なわけではないから弁明するにも微妙な立場になる。
「言っただろう。美登利さんはとっても怖いって」

 これによって動揺した相手陣営へ美登利が次に打った手は候補者本人への誹謗中傷、完全な人格批判である。
 これは相手のイメージを徹底的に地に落とすためのものであるから根拠のないもっともらしい噂で十分だ。

 怪文書には怪文書を。誹謗中傷にはこちらも誹謗中傷を。
 機先を制するつもりで情報戦を仕掛けてきたのだろうがダメージを受けたのはむしろ向こう側だった。

 更に決定打を打つためにスパイが仕立て上げられた。本当のスパイである必要はない。
 陣営内の不満分子が不穏な行動を見せる。それだけで裏切りの不安と疑心暗鬼にかられた対立候補陣営は敢え無く崩壊。
 この後の消耗戦をすら戦い抜く余力がないことは誰の眼にも明らかだった。

 ここで広報委員長は白旗を上げておくべきだった。にもかかわらず錯乱した彼はとんでもない行動に出た。
 わざわざ初代会長中川巽の名前を出して三大巨頭をあげつらったのである。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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