26-10.ただそれだけのこと

文字数 964文字

「だから、みんな、頑張ってるだろ! 生徒会長だって、風紀委員長だって、片瀬だって、森村だって、三年の先輩たちだって。みんな協力して頑張ってるだろ。事情がわかってない一二年だって、明日、成功させたいって、準備頑張ってるだろ。なのにあんたは、ひとりで無茶して突っ走って」

 いつもいつも、正人にはわからない悲壮感を漂わせて。
「ここは、あんただけのもんじゃないだろう。みんなの学校だろう!?
「あ……」
 美登利は顔を覆って立ち尽くしてしまう。

 正人はロープを拾ってもう一度少年の手足を縛りながら言い募った。
「こんな、拷問みたいなことしなくても、おれが金指ってやつ捕まえるから。走り回って捕まえるから」
 美登利は俯いたままなにも言わない。
 正人は少し不安になって、その顔を下から覗き込んだ。
 そんなに強く叩いたつもりはないのだが。

「先輩?」
 そっと手を放して美登利は正人を見る。泣き笑いのような表情で、でも確かに微笑んでいた。
「いい子だね、池崎くん。約束、守ってくれたんだね」
「……」

 ずるい人。怖くて優しくて、強くて脆い。なにを考えているのかわからない顔をして、不意に自分が欲しい言葉をくれたりする。
「お願い。金指を捕まえて」
 頼られたい、この人に。頼ってほしい、いちばんに。子どものようにそう思う。
 恋じゃない、ただそれだけのこと。それだけの、こと。




「ちっきしょ、いねえな」
「くそ、ふざけやがって。どこ行きやがった」

 未だ金指は見つからない。難しい顔で顎を撫でながら綾小路が言った。
「なあ、仮定の変更が必要なのではないか」
「ああ」
 隣で目を伏せたまま誠は頷く。
「奴の目的は文化祭を潰すことではない、としたら」

「だがそうすると、矛盾も出てくる。なぜこれまで文化祭荒しを繰り替えしていたのか。逆に、うちに侵入することが目的だったならば、今日じゃなくてもいつだって良かったはずだ」
「目的が途中で変わった?」
「ついでにお使いを頼まれた、とでもいうことなのか」

 きりっと誠は目を上げた。
「だいたいが、いつも黒幕は一人だよ」
「千重子理事長……」
 口元を歪めて綾小路がつぶやいたとき、誠の携帯が鳴った。宮前だ。

『ビンゴだ。手下の尋問によりゃあ、四五日前に金指は西城に出向いてたらしいぜ。どんな用向きだったかは誰も知らないが、はぶりがよくなったって』
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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