33-1.どうしてやろうかと思った
文字数 893文字
気を抜かないようにと釘を刺されたがそんなことはわかっている。長期戦は得意なつもりだ。
そこで気がついた。夏祭りを最後に彼女と連絡すら取っていなかったことに。
これまでの経験から一か月半は会わずにいられる。だが電話もメールもないとはどういうことか。この場合、放っておかれたのは向こうなのか、自分なのか。
カレンダーを確認する。二学期の始業式は明後日だ。例年通りなら今日にもこっちに戻ってくるはずだ。
仕方がない、こっちが折れて電話をかけることにする。
コール数回で相手が出た。が、
『今から電車乗るから切るね。乗り換えのとき掛け直すから。バイバイ』
こっちからかけたというのに声をはさむまもなく通話を切られた。
(あの女)
イラっとして一ノ瀬誠は財布を掴んで部屋を飛び出した。
乗換駅はやっぱり有名温泉観光地で観光客が大勢乗り降りする。
人波を避けて携帯を取り出し着信履歴からダイヤルする。
まわりが騒がしくて片方の耳を手で抑えながらホームの先に視線をやった美登利は、驚いて携帯を落としそうになる。
まさに今ダイヤルしていた相手がそこにいたので。
「びっくりだな、もう」
笑って通話を終了する。その顔を見て誠はなんとか留飲を下げる。
顔をしかめでもしたらどうしてやろうかと思った。
「勉強は?」
「一日くらい休む」
「ならプチ観光してこうか」
「そうだな」
「お昼だし、まずはハンバーグ食べに行こう」
食後の散歩に海岸沿いに整備された遊歩道公園をぶらぶらする。
急に思い出したように美登利が高台の大きな観光ホテルを指差した。
「あそこに皆で泊まりに来たことなかった? 晴恵伯母さんと淳史くんもいてさ。なんでだったんだろう」
「翡翠荘が改築工事してたときだろ。旅行できることがめったにないからって。でも女将さんはあまり遠くに行きたくないって言ってなかったか?」
「よく覚えてるね。あの中に遊園地がなかった?」
「たぶん子どもの遊技場だな。百円の乗り物なんかがある」
「そうか、今見たらがっかりするんだろうな。思い出は美しく取っておこう」