37-4.「どうして、あの人なんですか」

文字数 979文字




 小暮綾香が泣いている。木枯らしの吹く屋上で。実際には泣いてはいない。船岡和美にはそう見えるだけだ。
「あのさ……」
「どうして、あの人なんですか」
「……」
「わたしは池崎くんだけが好き。絶対幸せにする。なのにどうしてあんな人の方へ行っちゃうの?」

「わかるよ。すごくよくわかる」
「先輩にわかってもらっても」
「そうだよね。でもさ、池崎くんにわかってもらおうと思ったって無理な話だよ。男と女だもん、絶対にわかりっこないんだよ」
「……」

「あたしは何か言える立場でもないけどさ、でもさ、あたしは三年ねばったよ?」
「なにがですか」
「澤村くんを好きで、諦めたくなくて、三年待った。そうしてやっと今、向き合ってもらえるようになった」
 綾香はじろりと和美を見る。

「待ってただけなんて情けない話だけどさ、でもね、あの人を相手にするなら予測もなにもつかない。ただ思いだけなんだよ。思って待つしかないんだよ」
「そんなの……」
「そのうちわかるよ。美登利さんはそういう思いを無下にできる人じゃない」
「お情けをかけてもらうってことですか」
 冗談じゃないです、と固くつぶやく綾香に和美はもうなにも言えなかった。




 半期に一度の選挙を無投票当選で乗り越えバタバタしているうちに気がつけば、街はクリスマス一色になっていた。
 つらつらいろいろなことを考えているうちに月日は早いものである。

 花屋はポインセチアやリースでいっぱいだ。
 去年のクリスマスのことを思い出しそうになっていたら肩を叩かれた。
「なんだよ、池崎。イブの下見か? けっ、まったくこれだからこの時期は」
 宮前仁だ。学校が違うし知らなくても当然だが。
「別れました」
 途端にぐっと肩を抱かれた。

「かわいそうな奴め。だったらイブにはロータスに来い。ご馳走食べれるから」
「いいんすか」
「予備校組は来やしないが中川はいるぜ。受験生は勉強してろって女将さんが突き放したらしく。当然だよな、なのにロータスでバイト始めてんだからなめた奴だ」
「バイト?」
「おう、学校の後と土日と、ほぼ毎日いるぜ。暇な奴。おかげで志岐さんのコーヒー飲まずにすんで命拾いだけどな」

 なんだ、それじゃあ、会おうと思えば会えるんだ。三学期は三年生は自由登校だから余程のことがなければ会えないと思っていた。

 宮前と別れ本屋に入ろうとして、正人は隣の雑貨店のウィンドウに目を引かれた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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