22-2.羽でも生えてるみたいに

文字数 1,006文字

「よしっ」
 密集していた五本を綺麗に掘り起こせて正人は満足する。
 辺りを見回すとやたらと低い位置に中川美登利の頭が見えたので、ぎょっとしてそちらに寄っていく。

「足元、気をつけて」
 言われなければ気づかなかった。美登利が立っている雑木林の方に向かって大きな段差ができていた。
「危ないね。目印付けておかないと」

 彼女が立っているのもやっぱり斜面で、かなり下の方に車道が見えた。そっちの雑木林の方にもタケノコが頭を出しているのが見えた。
「地下茎が伸びてるのか」
 遠足のレポートで調べたことを思い出した。

「うん。すごいよね、外来種って。こっちも獲っておかないとどんどん侵略されちゃう」
 それで宮前が「山を守る戦い」などと言っていたのだ。
「こっちは明日にして、今日はそっちを片づけよう」

 美登利が段差を登ろうとするので正人は手を差し出した。
「気が利くね。さすがカノジョがいると違うな」
「うるせ」
「ありがと」

 手を握ったのは一瞬。驚くほどの軽さで美登利はとんと正人の隣に立っていた。
 そのまま斜面を上がっていってしまう。

 遊園地で何度か小暮綾香に同じことをした。乗り物を降りるのに手を貸すと綾香はそのたびに嬉しそうな顔をして、握った手に確かな重みと体温を感じた。

 それとはまるで違う。本当に身が軽い。
(羽でも生えてるみたいに)
 なんの余韻もなく離れていく背中に正人は見入ってしまっていた。




「裏山を守る会二日目だ! 今日も気合いだっ」
 不必要にテンションを高くしようとしているのは自分が飽きているからに違いない。
 わかっていたから宮前の号令に誰も合いの手を入れなかった。

 今日は朝から美登利も作業に加わる。
「今日の午後はお楽しみがあるからね」
 にこにこしながら言っていた。

 雑木林の中のタケノコは発見しやすいが地面を掘るのが大変だ。
 また黙々と作業をしていたら、斜面の上から「げ」と拓己が吐き捨てるようにつぶやくのが聞こえた。

「拓己じゃん」
 正人のすぐ脇のけもの道を地元の高校生らしい少年が歩いて来た。
「手伝ってやろうか?」
「いや、大丈夫」
 ふんと鼻を鳴らして拓己から顔を逸らした少年だったが、今度は彼の方が「げ」と吐き捨てた。

「翡翠荘の女! 人のこと穴に落としやがって、よくも涼しい顔して毎年来れるな」
「なんのことだか記憶にないんだけど」
 本当に覚えてなさそうな美登利の表情に拓己は苦笑する。
 もちろん少年は納得しなかった。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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