28-2.知らなければいけないことだって

文字数 985文字

「だってやっぱさ、リコンした母親なわけだし。兄貴にだって会いにくいよ、そりゃ」
 瞬間、訪れた海よりも深い沈黙に正人は戸惑って俯けていた顔を上げた。
 勇人は信じられないといった顔つきで正人を見ていた。
「おいおい。おまえ勝手に親を離婚させるんじゃないよ。びっくりするなあ、もう」
「へ?」
 今度は正人がぽかんとする。

「だって、親父とおふくろ離婚したんだよな」
「しとらん、しとらん。離婚なんかしてない」
「は?」
「別居だよ、別居! でも離婚はしてない」
「そうなのか?」
「親父からなにも聞いてないのか?」
 正人は混乱の面持ちで兄を見返した。しょうがないなあ、と勇人はスツールを回して体ごと正人の方を向いた。

「母さんが俺を連れて実家に戻ったのはな、俺を西城に入学させたいがためだったんだ。母さんは西城の卒業生なんだ。おまえ知らなかっただろう」
「うん……」

「おふくろは西城に俺を行かせたがった。親父は親父で、自分が卒業した地元の公立高校に俺を行かせようとしてたんだ。それで大ゲンカさ。結果おふくろは俺を連れて飛び出して実家に戻ったってわけだ。だけどな、なんだかんだで仲良し夫婦だからな。俺も卒業したことだし、親父も帰ってこいって言ってきてるから、おふくろは近いうちに家に帰るんじゃないか」

「まじか」
「ったく、親父もいい加減だな。おまえもおまえだぞ。俺のとこに来てさえいればとっくの昔に話してやれてたのに」

 ――池崎くんは知らなすぎだよ。いろいろと。
 本当にその通りだ。
 ――そこがあなたのいいところかもね。
 だけどこうやって知らなければいけないことだって、きっとたくさんある。

「ほら食え」
 皿いっぱいの野菜炒めにどんぶり山盛りのご飯とみそ汁を琢磨が差し出した。

「だけどさ、兄貴はよくそれで平気だったな」
「なにが?」
「母さんに勝手に進路決められちまったんだろ」
 勇人は胸を張って答えた。
「俺の人生のモットーは溺れる危険を冒すのならいっそのこと流されてしまえ、だからな。なあに、流され流されて大海に流れ着ければそれでいいのさ」
「前向きなんだか後ろ向きなんだかわかんねえよ、それじゃあ」

「おまえはどうなんだ。親父のおふくろへの腹いせのせいで青陵に入学させられちまったんだろ? 今でもあんな学校入りたくなかったのにって、思ってるのか?」
 正人は口をつぐんで沈黙した。勇人はそれが答えだと取った。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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