6-6.「大好きよ」

文字数 1,094文字




「高次のばか! おろしてよ、おろしてったら」
 無人の風紀委員会室に駆け込んだところで、綾小路はようやくじたばた暴れる紗綾を床に下ろした。
「ひどいじゃない、人をものみたいに。どうせならもっとユーガに抱き上げてほしいわ」
 顔を真っ赤にしている紗綾にはいはいと頷きながら、綾小路は膝を屈めて彼女のくしゃくしゃになった髪やスカートのしわを直してやった。
 それですっかり気をよくして紗綾は綾小路が引いた椅子に素直に腰を下ろした。

「どうやって来たんだ?」
「川久保のくるまでよ」
「また無茶をさせて」
「だって、どうしても高次にお礼を言いたかったんですもの」

 両足を軽く揺らしながら、紗綾は左手を上げて細い手首を綾小路の前に出した。
 綾小路が贈ったブレスレットが巻き付けてあった。

「とってもすてきよ。ありがとう。さすがわたしの高次ね」
 紗綾はそろそろとした手付きでそれに触れながら言った。

「ほんとはね、もったいないから大事にしまっておこうかと思ったの。でも高次がせっかくくれたのにそれだとやっぱりもったいないでしょう。だから、高次と会うときにだけ、これをつけることにするの。そしたら高次に会う日がもっと待ち遠しくなるもの」

 彼を見上げてにっこりと愛らしく微笑む。綾小路はあーとかうーとか言葉にならない声をもらして手で口を覆った。
「それは……良かったな」
「うん」

 こっくり頷いて紗綾は両手を伸ばす。
 応えて身を屈めた綾小路の首の後ろに腕を絡めて紗綾はささやいた。
「大好きよ、高次」




「結局なんだったんだ、あのガキは」
「帰り遅くなっちゃったねえ」
「腹減った……」
 皆と連れ立って歩きながらぶつぶつ文句を言っていた池崎正人はでも、と思い返す。

 風紀委員長のあの蹴り。きれいな、本当にきれいな上段回し蹴りだった。
 前に見た中川美登利の後ろ蹴りもそうだ。無駄のない、見事な動き。

 その場に鞄を放り出し、正人は構える。
 片膝を抱え込み、膝下のスナップを効かせ、蹴り上げる。

「なんだよ、急に」
 拓己がやれやれと鞄を拾ってくれた。
「なんか、体動かしたくなってきた」
「体育会系だなあ、池崎」
「部活やれよ、何か」
「やっていいの?」
「許可があれば掛け持ちや助っ人はオッケーだけど」
「それ以前に朝練に出れなきゃダメだろ、こいつ」
「そうなんだよなあ……」
 自分で頷く正人に綾香や恵も苦笑する。

「本当にやりたい気持ちになれば、できるんじゃない。なんだって」
 小暮綾香の言葉に正人は少し驚く。
「なによ?」
「いや……」

 自分で考えて、自分で決めて、自分でやってみる。本当にやりたいことを。
(おれのやりたいことってなんだろう)
 答えは出ない。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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