17-3.確かに。

文字数 908文字

「大会までの一週間、君が特訓すれば柔道部の連中より確実に仕上がる、というのがボクの見立てだ」
 そうだろう、と安西は美登利を振り返る。うんうん、と頷いている。
 こうなると正人に拒否権はなかった。



「というわけで、池崎は明日から猛練習だね」
「勘弁してほしい」
「大丈夫なの?」
 眉を寄せる小暮綾香に正人はうーんと唸って空を見るしかできない。

「先輩たちもムチャぶりだよね」
 須藤恵が言ったけれど、
「中川先輩はできない奴にできないことを押しつけたりしないと思う」
 片瀬がぼそっとつぶやくのを聞いて、腹が決まった。これぞ『困難に打ち克つ』だ。

「最初の難関は朝練のために早く起きることだよね」
 拓己の言葉に正人の顔が白くなる。
「なにがなんでも起こしてやるから覚悟しろ」

 こうして急遽、特訓特訓の一週間が始まった。
 他校生なのに当然のような顔をして毎日やって来る宮前に稽古をつけてもらう。
「いいか、おまえの武器はスピードだ。パワーは捨てろ。おまえの小回りで相手を動かして崩すんだ」
 意外にも理論と実技を組み合わせてくる宮前の指導はとてもわかりやすかった。

「つうか、体育部長や風紀委員長は出てくれないんすね」
 数日がすぎた頃、帰り支度をしながら今更ながらに正人が疑問を口にすると、宮前は顔をしかめた。
「安西は武道にゃ一切向かないんだよ。わかるだろ」
 確かに。

「尾上は剣道馬鹿だし、綾の字は柔道苦手だしな。それを言ったら誠だって」
 幼馴染の方をちらりと見て、
「得意な方じゃないが、高田には勝つだろう」
「江南の大将も生徒会長が出てくるんすか?」
「いや、江南の大将は官房長」
 官房長?

「生徒会副会長のことを伝統的にそう呼ぶんだよ。江南では」
 正人たちに続いてクラブハウスから出てきた誠が後ろから教えてくれた。マフラーを巻いて白い息を吐き出しながら説明を続ける。

「江南の生徒会選挙は人気投票に近くて、能力の伴わない人物が会長になることが多いらしい。自然と副会長には実務をこなせるだけの人材が推薦されるようになって、ついた呼び名が官房長」

「はああ」
「今の官房長は二年の篠田幸隆」
「どんな人っすか?」
 誠と宮前が一様に黙り込む。
「中川に訊いてみろ」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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