12-5.「池崎くんは知らなすぎだよ」

文字数 838文字




 水を買いに購買室の自販機に行くと、そこに中川美登利がいた。立ったまま缶コーヒーを持ち、睨むように掲示板を凝視している。

「ああ、おつかれさま」
 正人に気づいて少し表情をやわらげた。
 ペットボトルのキャップを捻りながら正人も掲示板を見る。
『第十四回生徒会会長選挙日程』

「告示の前に間に合ってよかった」
「まさかこのために花壇の完成急いだのか」
「それもあるけど、やっぱり寒くなる前に終わらせたかったものね」
 軽く肩を竦めてから、また厳しい目になって美登利は日程表を見る。

「今度は不戦勝ってわけにはいかないからね。普通の勝ち方じゃ足りない。なにがなんでも圧勝したい」
 並々ならぬ気迫を感じる。

「どうして選挙にこだわるんだよ」
「政治の世界も同じでしょ。政権与党じゃないと政策の実現が遅くなる。まだまだやらなきゃならないことはたくさんある」

 学校に対する美登利の執着がまた垣間見えて、正人は不安になる。話題を変えたくて口を開いた。

「今度勝ったら初代に並ぶ連勝記録だって森村が」
 コーヒーを一口飲んで美登利は眉を寄せた。
「そうだね、そうなるかな。任期でいったら初代は特殊だから。上の学年いなかったわけだし」
「三年間同じ人が務めたんだろ?」
「……」
 缶コーヒーを傾けた姿勢のまま美登利は横目に正人を見る。
「?」
「言ったことなかった? 私のお兄ちゃん。初代会長」
「!」
「ちなみに友好協定を結んだときの西城側の生徒会長があなたのお兄さん」

 無言で立ちすくんでいる正人を見て美登利は嘆息する。
「池崎くんは知らなすぎだよ。いろいろと」
 空き缶を捨てながら「でも」とつぶやいて正人を振り返った。
「そこがあなたのいいところかもね」
「……」
「気にしなくていいよ」
「うん」

 水を飲む。掲示板の隅のポスターに目を引かれて正人は指差した。
「あの花」
 美登利が目を向ける。近所の神社の例大祭のポスターだ。手前に大きく植物園で見た立木の花が写りこんでいる。
「山茶花だね」
「山茶花……演歌のタイトルで聞いたことあるぞ」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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