16-2.知らなかった

文字数 992文字

「くっだんない嫌がらせされてさ、なんだこのくだらない連中はって思ったら全部がくだらなく思えてきて、学校もこの町も、くだんないよ人生なんて、みたいな」
 優等生がこじらせると面倒なものである。
「ここでぼんやりしてたらさ。いきなり後ろから女の子が二人乗りしてきて……」


 その子は拓己が座ったブランコをものすごい勢いで立ち漕ぎした。拓己が経験したことのない高さまでブランコが振られる。
『見て! 海の向こうまで飛んで行けるみたいでしょ』
 明るい声が拓己に向かって叫ぶ。

 その通りだった。境内の高台を乗り越えて海の上空まで飛び立つような感覚。
(知らなかった)
 小さな頃から当たり前のようにここで遊んでいるのに知らなかった。こんな景色があることを。

 しばらくして漕ぐのをやめて、段々と振り幅をなくしていくブランコからその子は身軽く飛び降りた。今度は拓己の隣のブランコにすとんと座る。
 ものすごく可愛い子だった。
『森村さんちの子どもでしょう』
『きみは翡翠荘の親戚の子?』
『うん』

 見たところ身長もあまり変らないようだったのに、やけにその子が大きく見える。
 姿勢がいいせいだ。気づいて拓己は自分も背筋を伸ばしていた。

 するとこそこそと木立の向こうからこっちを見ている子どもたちの頭が見えた。
 あの連中だ。嫌な予感がして拓己は体を固くする。
 話し合いを終えたのだろう。満を持して少年たちが飛び出してきた。

『やい、森村。キサマ何様だ。よそ者と遊んでいいのかよ』
『しかも女じゃんか。おまえ女の相手しかできないのかよ』
『男の風上にもおけないやつだぜ』

 くだらない。いつものように無視を決め込もうとしたのも束の間、すっくと女の子がブランコから立ち上がり、三人まとめて平手打ちにしていた。

『なにしやがんだ、この……』
『うるさいハエがまだ飛び回ってる』
 ふうーっと手のひらに息を吹きかけ、その子は虫けらを見る目つきで三人の少年を見下ろした。
 そんな目を向けられることなど人生初であろう三人は、すくみ上って参道の階段を駆け下りて逃げていった。

『クソガキってどこにでもいるんだね』
『無視すればよかったのに。相手にしても疲れるだけだよ、本当にくだらない』
『うん。わたしもああいうくだらない奴らのことは嫌いだけど』

 俯いている自分の前に女の子が立つのがわかって拓己は顔を上げる。
 すぐ上から拓己の顔を覗き込んで彼女は笑った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み