14-3.まことに悩ましい
文字数 898文字
さておき、それはそうだと片瀬は思った。中川美登利の真似などそうそうできるものではない。
人心を掌握する力が半端じゃない。味方にひきこむだけではなく、敵とすることも、突き放すことも自由自在。
彼女の眼差しひとつ、ため息ひとつで相手が心を動かす瞬間を片瀬は何度も目撃した。
最初は容姿は関係ないと思った。話術や洞察力によるものが大きいと思った。
だけどやっぱり、美しいということはそれだけで嫉妬と羨望を刺激する。悩ましく心を乱される。
思うに、自分は感情が顔に出にくい質らしい。出にくいだけでなにも感じていないわけではないのだが。
中川美登利の後ろで様々な感情の片鱗を眺めてきた。
反発、友愛、心酔、信頼、尊敬、利用、不快、関心、恐怖、執着、親愛、警戒、好奇、愛情……。
そう、自分だってなにも感じていないわけではない。ただ思っていることが顔に出にくいだけで。
だから中川美登利があのとき自分の前であんな表情を見せたのは、彼女の隙としか言いようがない。まことに悩ましい。
だから片瀬は、友人の池崎正人のことが少し心配だ。どういうわけだか美登利は正人に対して脇が甘い。
いつか友人が混乱することがなければいいと思う。正直既にそれは始まってしまっているようにも見える。
小暮綾香との始まりが吉と出るか凶と出るかはわからない。友人のためにこのままうまくいってほしいとは思っているが。
「くそ、カップルばっかり」
人波を眺めてまたぼやく宮前に片瀬は尋ねる。
「先輩と生徒会長もふたりで出かけてるんすか?」
「いや、中川は親戚のとこ行っちまったから、誠は家に引きこもってるだろうさ」
答えてから宮前はじろりと片瀬を見る。
「鎌かけたな」
「そういうわけじゃ」
「食えない奴だな。さすがは次期中央委員長」
ふんと鼻を鳴らして宮前は人込みに視線を戻した。
「別に隠してるわけでもないだろうが、大っぴらにしたらしたで面倒だろうからそうしないんだろうな。もともとあいつらあんなだし。昔からそうだ。でも気がついてるならちょうどいい、気をつけろよ」