38-7.「言っとくが」

文字数 1,237文字

「ちょと、あんたなんで」
 海岸に突き出た公園まで逃げてきたところで美登利は訊いた。
「タクマさんに言われて見張ってたんだよ。千重子理事長の動きが怪しい、おまえに接触するかもしれないって。タクマさんは巽さんに言われてたらしいけど」

「それにしてもあんた、願書出したりしちゃって」
「言ってなかったか? オレはもとからそのつもりだったぜ。親父の会社継がなきゃならんからな。だったら地元の御曹司が集まる西城に出戻った方がいろいろ有利だ」
「だって、それじゃあ……」
 居たたまれなくなって美登利は眉を寄せる。
 自分が誘ったから青陵に来て、青陵のために北部に行って、また西城に戻って。そんなのって。

「言っとくが、オレは好きでやってんだからな。誰かのため、何かのため、なんて思っちゃいないぜ。なにせ三強を渡り歩いた男だからな」
「うん……」
 そうは言っても感謝はしなければ。
「助けてくれてありがとう」
「おう」
「今度サービスするね」
「ばっ! なに言ってんだっ。バレたらどうする」
「……なにを想像してるのさ」
「なにって」
 あらぬ想像をしている宮前を放置して美登利は考える。

 千重子理事長は手段を選ばない。それはまるでおもちゃを取り返そうと必死になっている子どものようで。千重子理事長の冷たい表情を思い出しながら思う。
 あれも嫉妬なのだろうか。自分のお気に入りたちをさらっていった苗子理事長に対する妬み。
「怖いね、妬みってさ」
「あん?」

 綾香が自分を憎むのはわからなくもない。盗った盗らないは濡れぎぬでも、それはもう自分の所業が悪いから。
 だけど榊亜紀子は自分に何かしたわけではない。あんな浮世離れした兄を引き受けてくれようというのだから、それこそ女神様だ。
 なのに妬みの標的になってしまう。自分がどうしても手に入らないものをたまたま手に入れたというだけで。
「……」
 そうなのだ、絶対に手に入らないもの。そのことを確認して美登利は目を伏せる。

「お月様とってって絵本があったよね」
「ああ、父親が月に梯子をかけるやつ。なんだよ、急に」
「なんか急に思い出した。あれ読んでお月様はほんとに取れるんだって思ったっけ」
「おまえんち父さんならやってくれそう」
「そうだね」
 だけど現実には月なんて手に入らない。
 欲しくて手が届かなくて皆が泣いている。泣いている……。

 その夜は久しぶりに父親の肩を揉んであげた。
「お父さん、白髪増えたね」
「そうか?」
「気持ちいい?」
「実はちょっと痛い」




 そうこうしてる間に志望大学の入試当日がやって来て、あっさり過ぎ去ってしまった。
「これで一週間後には結果がわかるのか」
 いよいよやることがなくなる。

「なんだか今どきの受験って緊張感がないのね」
「日程が複数あるからだろうなあ。一発勝負の気合が必要ないからな」
「私たちのときは一大イベントだったわよねえ」
 そう言われても。父と母の思い出話を聞きながら、ふとカレンダーを見上げて気がついた。

 そろそろひと月半、顔を合わせていない。
「やばい」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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