11-3.「誕生日プレゼント」
文字数 1,038文字
綾香ははっと口をつぐんだ。両手を後ろについて背中を斜めにした姿勢で正人が綾香を見ている。
「今日?」
「うん」
「ふーん」
彼は相槌を打ったきり空を見上げる。
綾香は膝に置いた鞄をぎゅっと握ってバラ園に目を向ける。
誕生日に、バラに囲まれて、好きな人とふたりきり。シチュエーションだけなら最高だ。
だけど肝心の相手がなにを考えているのかわからない。
「あ、やんだ」
降ってきたときと同じに唐突に雨は止んだ。煙ったように見える景色の中で強さを増した日差しがまぶしい。
「早く行こうぜ」
身軽く正人が立ち上がる。
「うん……」
綾香は少しだけ来た道を戻り先ほど正人が指差した立木を見に行った。ピンク色の大輪の花たち。
「サザンカ……」
今の雨で散ってしまった花びらが絨毯のように木のまわりを埋め尽くしていて、それもとても綺麗だ。
名札には花言葉がふたつ記されてあった。
『困難に打ち勝つ』『ひたむきな愛』
綾香は急いで正人を追いかけた。
「お土産見てもいいかな?」
帰りのバスの時間を確認してから綾香は言った。
「恵と交換するんだ」
「自分の誕生日なのに人にあげるもん選ぶの?」
「それとこれとは別なんだよ」
それほど広くはない売店で品数は限られている。それでもやっぱり花をモチーフにしたかわいらしい雑貨が多くて綾香は選ぶのに手間取った。
正人はどこにいるのかと見回すと、隣の花き売店の方にいた。
「お待たせしました」
バス停で少しの間バスが来るのを待つ。
そこで不意に正人が綾香に何か差し出した。
「ん」
「え……」
「誕生日プレゼント」
黄色い一輪のバラ。短く切った茎にピンク色のリボンが結んである。
「……。ありがとう……」
指が震えた。胸が痛くて鼻がつんとする。涙が出そう。
(どうしよう)
言いたい。
(どうしよう)
言っちゃだめ。
(言いたい)
勝ち目なんて、ない。
「好き……」
なのに言葉がこぼれ出て。
「あなたが好き……」
止めようがなかった。
それからなにをどうしたかまるで記憶がなくて。気がついたら池崎正人はいつもの河原の芝生に座っていた。
「あら、池崎くん」
後ろから呼ばれたけれど気づかなかった。
「こんにちは池崎くん。寒くないの? こんなところで。あ、今日はなにも持ってないのだけど」
城山夫人が正人の隣に座った。
「あらあら、どうしたの? なんだか惚けた顔しちゃって」
じいっと正人の顔を見回した後、城山夫人はふふっといたずらっぽく微笑んだ。