20-4.つないだ手

文字数 983文字

 呼ばれて少年は駆け寄ってきて彼女の手を握る。
 彼はいつもそうだ。それが使命であるかのように彼女のそばにいて励まし、慰める。
 まるで巽がいない間の穴を埋めるように。

 そんなにならなくたっていいのに、と巽は思う。
 そんなに頑張らなくたって彼には未来がある。いつかこの手を離さなくてはならない自分とは違う。
 それを羨んでも妬んでもいけないことを巽はよくわかっている。わかっているからさびしかった。



 三年後、無事に開校を迎えた青陵学院高等部で巽は初代生徒会長に就任した。

「いいなあ、わたしも早く行きたいなあ」
「あと少しの辛抱だよ」
 キッチンでチョコレートを溶かしている巽の手付きを見ながら美登利は訊いてくる。
「高校ってどんな?」

「公立中から来てる生徒が多いから、いろんな人がいるよ。あとは学校が広い、一学年しかいないからそう感じるんだろうな」

 チョコレートの温度を見ながらゴムベラを動かす。
 いつしか美登利は無言になって作業に見入っていた。
 午前中のうちに仕上げてあったチョコムース入りのズコットの上から更にチョコレートを回しかける。  美登利はこれ以上はないしあわせそうな表情でそれを見ている。

「固まるまで触っちゃダメだよ」
「それならお散歩に行こう。家にいたら一分ごとに冷蔵庫を覗いちゃうもん」
 賢明な提案といえるだろう。巽はエプロンをはずして妹に頷いた。

「お父さんたち三時のおやつまでに帰ってくるかな」
「そうだね」
 その日はふたりきりでランチに出かけていった両親である。
「仲良しだよね、うちの親」
「うん」

 いつもの大型公園の方へは行かずに自宅から更に高台の方へ坂道を上がっていった。
 そちらには昔ながらの小さな公園がある。古い滑り台とブランコと鉄棒があるだけの小さな広場。
 今は人気もなく静かだ。

「桜が咲いてる」
 染井吉野より開花が遅い八重桜だ。大きく広げたその枝に、しなるほどに満開の八重咲の花を抱えている。
「来てよかったね」
 つないだ手を揺らして美登利が笑う。
「うん、良かった」

 いつだってそうだ。こうやって、この子が世界の美しさを確認させてくれる。この手を引いて、巽が知らなかったことを教えてくれる。
 あとどれくらい、この手をつないでいられるのだろう。巽はそんなことばかりを考えるようになっていた。
 変化が怖い。まざまざと思い知らされた出来事が間もなく起こった。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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