28-6.もうやめよう
文字数 1,007文字
調理室は今日は部活がないから静かだった。
「お待ちしてました」
須藤恵が明るく迎え入れてくれる。小暮綾香が後ろで小さく頭を下げた。
「先輩にプレゼントです」
引っ張っていかれた調理台の席には、ケーキが置かれていた。
「オペラ! まさか作ったの?」
「はい」
「大変だったでしょう」
「ええ、まあ。おかげで勉強になりました」
しげしげと眺めて美登利は感心する。
「すごくきれいに層になってる、上手だね。コーティングもつやつや」
子どもの頃、巽が作ってくれたときには、こんなにすてきなものを作れるのはお兄ちゃんしかいない、などと思ったものだが。
「お味をみてください」
美しい佇まい。そこにフォークを入れる瞬間がなによりわくわくする。
「美味しい」
「そうですか? 良かったです」
本当に涙が出そうだ。あんなに傷つけて利用した、こんな自分に優しくて。
「ありがとう」
いい人たち。みんな本当に、賢くて、優しくて、自分などよりずっと思慮深い。
「美登利さん」
昇降口で拓己と片瀬修一に会った。
「おいしかったですか?」
「おいしかったよ。私もう帰るけど」
「大丈夫です。任せてください」
「そうだね、任せるよ」
手を振って別れた。
――ここは、あんただけのもんじゃないだろう。みんなの学校だろう!?
その通りだ。思い上がっていた。ただ自分の思い通りにしたかっただけ。
――学校をつくるからね。みんなが自分のやりたいことができる学校を。楽しいよ、きっととても。
巽が言った、そんなふうにするために、自分一人で突っ走っていた。
絆だと思ったから。そんな自分勝手な理由で、きっと、皆を困らせていた。こんな執着は、もうやめよう。
もう手放そう、そう思えた。すぐに全部は無理でも、ひとつひとつ引き剝がして、解放して、そして身軽になろう。
そうすればまた違う世界に行けるかもしれない。新しい日々が始まるかもしれない。
校門を出たところで池崎正人とかち合った。コンビニの袋と後ろ手に何か持っている。
「帰るの?」
「うん。お先に失礼するね」
足を速めようとする美登利に正人は俯いたまま持っていた花束を差し出した。
「そこの八百屋で売ってた」
いらないチラシで味もそっけもなくくるまれた花は、意外なほど可愛い花で。
「センスいいね。池崎くん」
「どうせ知らないんだから、花言葉とか言うなよ」
「わかってる」
わかってる。色とりどりのスイートピー。
花言葉は「旅立ち」と「別れ」。