38-3.「ああいう女なんだよ」

文字数 1,103文字

 風は冷たいが天気が良かったから店先のテーブルで三人でお汁粉を啜った。
「美味しい。上品な甘さ」
「先輩は甘いものなんでも好き?」
「うん。でもチョコは別格。つやっつやのチョコケーキならなおさら」
「つやっつや……」
「わかるぞ池崎。女って男にゃわからん擬音を使うよな」

「小暮さんと須藤さんが作ってくれたケーキ、美しかったなあ」
 お茶を飲みながら美登利がうっとり言う。
「いい子だね、ふたりとも」
「確か、学年一の」
「そうそう、なんで別れちゃったの? お似合いだったのに」
 ずきんと胸にきて正人は眉を寄せる。
 どうしてそんなこと言うの。予防線のつもりなのか?

「片づけてくるね」
 立ち上がった美登利の後ろ姿に宮前は鼻を鳴らす。
「ああいう女なんだよ」
「知ってます」
 よく知っている。覚悟は決まっても彼女のああいう態度がなによりきつい。多分いちばん肝に銘じなければならないのはそこなのだ。
 負けない。ぐっと口元を引き締めて正人は前を見た。




 学校はもう自由登校だからのんびりしていたある朝、電話で呼び出された。
 冬休みの間にクリーニングに出してもらった制服に袖を通す。あと何回着る機会があるだろうか。

 授業中でしんとした校舎を冒険のような気分で忍び足で進む。
 芸術館の二階の音楽室は授業中で合唱曲が聞こえてくる。美登利は脇の扉から個室の練習室が並ぶ通路に入った。

 入ってすぐの絨毯敷きの床に船岡和美が蹲っている。
「美登利さん」
 小さな声であっち、と練習室の一つを示す。
「いいの? 私が行っても」
 小声で訊き返すと、和美は強い瞳でこくんと頷いた。

 練習室に入っていく美登利を見ながら、和美は文化祭の日のことを思い出す。
(こういう気持ちなんだね)
 大好きな人が傷ついていて、励ましてあげたくて、でも自分には力がなくて。それなら誰かに託すしかない。
 大好きな人の為ならば、少しくらい辛くてもそうできる。
(でも、泣けるよね)
 和美は手で目をふさいで涙をこらえる。

 澤村祐也はピアノの前ではなく隅の椅子に座って窓枠に顔を伏せていた。
 声はかけずに美登利はそうっと肩に手を置く。
「みどちゃん」
 泣いてはいないが目が赤かった。
「どうしたの?」
「ごめんね。なんでもないんだよ。ただ」
 いったん言葉を区切って澤村は息をのむ。

「ただ、いろんなことが、怖くなって、体が、動かなくなるんだ。おかしいよね?」
「おかしくないよ。今はそういうときなんだよ。そういうことだってあるよ」
「情けないよね、みんな大変なのは同じなのに、僕ばっかりこんな」
 声を詰まらせて俯こうとした澤村の頬を美登利の手が引き留める。
 額に彼女のくちびるを感じて澤村は驚いて目を上げた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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