36-2.こういう自分、どうなんだ

文字数 851文字




「人の夢って書いてはかないって読むんだよね」
「は?」
「夢を持てって言うじゃない? 努力しろって言うじゃない? そんな儚いもののためにさ」
「おいこら、待て」
「受験生の前でなんつうことを」
「儚いものなんだね、人生なんて」
「おい、こいつまた妙なスイッチ入ってるぞ」

 クラスの男子に呼ばれ坂野今日子は優しく美登利に話しかけた。
「甘いものでも食べに行きますか?」
 自分の席で顔を伏せてぼんやりしていた中川美登利は、首を横に振って立ち上がった。
「ひとりでぶらぶらしたいから。もう帰るね」
「はい」
 ふらふら教室を出ていく美登利を今日子は心配そうに見送る。
 そんなふたりを見比べながら男子のひとりがけっとつぶやく。
「こいつらって、賢いのにほんとポンコツだよなあ」



 やることがない。だから余計なことを考えてしまうのだ。よくわかっている。
 そこで気がつく。自分にはやりたいことがない。夢もない。考えてみれば趣味もない。好きなことはたくさんあるが趣味のように打ち込むものとは違う気がする。
 そこで愕然とする。こういう自分、どうなんだ、と。
(私ってつまんない人間だったんだ)
 そもそも夢を持てというが、人の夢とは儚く……と思考は堂々巡りするのである。

 とにかく人間たるもの目的意識を持たねば駄目だ。なんのために勉強するのか。なんのために行動するのか。例えば今、なんのために歩いているのか。
 よし、と美登利は思う。市立図書館に行こう。

 そしてこうして今、職業紹介本のコーナーに立っていたりするのだが。タイトルを眺めていてもまるでひらめくものがない。
 諦めて雑誌の書架に移動した。

 父親が読みたいと言っていたのはなんだったか。思い出しながら探すと微妙に手が届かない位置にそれがあった。
 通りには脚立がなかったから取りに行こうとしていたら横から腕が伸びてきて雑誌を取った。
「これ?」
 村上達彦だ。

「……ありがとうございます」
「ずっと見てたの気づかなかった?」
「気持ち悪いな」
「ひどいな。ぼんやりしてるからだよ」
 そこまでか? 自分。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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