23-1.少し嬉しい

文字数 973文字

 春が来た。桜の花びらが舞い落ちる。
(一年、経ったんだ)
 体育館で入学式の椅子の片づけをしながら池崎正人は思う。
 この度二年生に進級した。寮にも新入生が入ってきて先輩と呼ばれた。少し嬉しい。

 作業の後、進路指導室前の廊下に張り出された各大学合格者の名簿を見に行った。
「佐伯先輩K大受かってる」
「やればできるタイプの人だもん」
「今年はT大合格者が少ないって教頭が話してたな」
「そうか、来年はどうだろう。一ノ瀬さんと綾小路さんと杉原先輩あたり確実として……」
「風紀委員長はK大じゃないか?」
「ああ。そうか」

 目を上向けて唇をかみしめてから、森村拓己が恐る恐るという感じに口を開く。
「美登利さんはどうするんだろう」
「さてな」
 頭の後ろで手を組んで片瀬修一がうーんと伸びをする。すぐ後ろに人がいたのに気がついてびくりと振り返った。

「なんだ?」
 正人と拓己も後ろを見る。
 徽章リボンを胸に付けた男子生徒。とても背が高い。
「きみ、一年生だろ? まだ帰ってなかったの?」
 拓己が問うのに無言で頭を下げ、その一年生は昇降口の方へと向かった。
「ヘンな奴」
 小声で片瀬がつぶやいた。




「へええ、綾の字と官房長が仲良くなるとはねえ」
「武道に限らず多種多様に交流していこうって話を進めてるって」
「やるのう、綾の字も」
「うちの代では形にならないかもしれないけど」
「後進に託すってか」
 ベンチの背にもたれて中川美登利は微笑んだ。
「そうだね」

 屋上庭園の花壇ではチューリップが色とりどりに咲いている。ちょうちょが飛んできたりして、なんとものどかだ。
 だが、そうそうのんびりもしていられない。また忙しい日々が始まる。

「去年の一年見たときはさ、いろんな意味で小粒だなあって思ったけど、今年は一人でっかい子がいたね」
 船岡和美が言うのに坂野今日子が名簿を繰りながら答えた。
「平山和明。市内第四中学出身です」

「ふーん、まずはバスケ部バレー部あたりに目をつけられそう。背が高い男は二割増しって言うしな。佐伯先輩の後釜狙えるかな」
「二割増しですか」
「雰囲気、雰囲気。ねえ美登利さん」
「見下ろされるのはキライ」
「ああ、うん。そうだね……」

「和美さんが男子の話するなんて珍しい」
「だってさ、女子がパッとしないんだもん。去年は須藤っち小暮っちと豊作だったからな」
「高校デビューはこれからでしょう」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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