30-13.会心の一撃

文字数 997文字

「教えてあげようか?」
 警戒するように身じろぎして美登利は達彦を見た。
「話があるとか言ってなかった?」
「うん、この話」
 くちびるを引き結んで美登利は立ち上がろうとする。
「聞きたくない」
 その腕を達彦は掴んだ。

「私に触らないでって……」
「じゃあ、誰ならいいの?」
 どんどん険しくなる視線を平然と受け止めながら達彦は笑う。
「教えてよ、誰なら許すの?」
「あなたに関係ないよね」
「関係なくもないよ、君のこと好きなんだから」

 馬鹿か、こいつは。そんな嘲りの色が目に浮かぶのがわかった。
 好意を告げられることに慣れ切った傲慢さが、達彦の真意をくみ取ろうともしないようだ。

「兄貴だって知ってるよ。僕が君を好きだって」
「嘘」
「なにが? 僕が君を好きなことが? それとも兄貴が知っててなにも言わなかったことが?」
 自分でもわからないのだろう。美登利の視線が揺らいだ。

「そりゃ、兄妹がいちいちお互いの恋愛事情に口を挟んだりしないだろう。いくら仲が良くたって恋人じゃないんだから」
 ぴくっと達彦が掴んでいる彼女の指先が反応した。
「それとも君はそうなの? 兄貴に女ができるのは許せない? ああそうだ、邪魔したこともあったもんな。おかしいよね、妹の君にそんな権利はないのに」
「……ッ」
 掴まれた腕をひねって美登利が動いた。蹴り飛ばされる前に達彦は自分から手を放して距離を取る。

「ひどいな。ほんとのこと言われたからって怒るなよ」
「人がおとなしくしてればがたがたと。あなたはいつもそう、いったいなにがしたいの?」
 そうだよね、俺は君のいいように動いたりしないから。冷え切った頭で達彦は思う。

「いい加減、気づいてほしいだけだよ」
 思い知るべきなんだ。現実は、君らがいる世界のようには美しくない。
 どんなふうに言い繕ったところで自分たちの愛が絶対などではないことを思い知るべきだ。
「おかしいんだよ」
 激しい瞳が自分を見つめる。今ならば、会心の一撃が届く。

「君はさ、男として兄貴が好きなんだろ」
 完全に虚をつかれた風に美登利は黙った。
「恋愛感情だよね、どう見ても」
 否定の形にくちびるが動く前に達彦は言い切った。
「違うって言うなら僕が納得できるように理論的に説明してよ」
「そっちの言うことの方がむちゃくちゃなんだけど」
「君の賢い頭で考えたならできるだろう、でなきゃ僕は納得しない」
「あなたを納得させなきゃならない意味がわからない」
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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