キラーチェンソー
文字数 2,292文字
歌音たちは、すぐに十月末に行われる特別講演に向けて練習を開始した。
やる曲は、「マナティー・リリック序曲」「三日月の舞」「はとポッポの世界旅行」に確定した。途中で木管五重奏「森のスケッチ」をやることになったのだ。
これで予定通りだ。このスケジュールでいけばこの楽団なら余裕で曲を完成させることができる、と歌音は思っていた。
しかしだ。どのパートも「三日月の舞」に戸惑っていた。特に木管パートの連符やトランペットソロを吹く圭はこの曲に取り組んでいた。特に、クラリネットパートは、焦りをみせているのが分かる。何か選曲を間違えたのかな、と歌音は思ってしまう。
それに応えようとする楽器を扱うプレイヤーもすごいと思う。
二日が経った頃だった。廊下で屍のようにのびているクラスメイトたちが増えてきた。たぶん、放課後に残って練習のやりすぎだ。その中には、圭の姿も見られる。
心配になった歌音は、圭に声をかけた。
そのまま圭は、地面に伏せて眠ってしまった。今、授業中なんだけど……。
「三日月の舞」で苦戦しているのは、見ていてわかる。地面でぶっ倒れている屍となっているクラスメイトたちも頑張って練習してきたのは見ている。
フルートパートに訪れると、メトロノームと睨めっこしながらフルートのタッチを合わせている。なかなか、パートの一体感があってこないことに明里はイライラしているのが分かる。フルート&ピッコロが吹いている同じフレーズを休憩も取らずにひたすら続けていた。
クラリネットパートも覗いてみた。ここも悠を筆頭に「三日月の舞」の連符と戦っていた。メトロノームとの睨めっこは、フルートパートと変わらず、同じ方法で練習をしている。練習室の端の方で里紗がのびているのが分かる。完全にグロッキー状態だ。悠を含めた奏多や麗華・夕陽もグロッキー状態になっているのが分かる。
サックスパートは、もうだらけていた。ナマケモノモードになっていた。
ほかのパートを見て回るもどのパートもグロッキーな人が多く、練習になっていない。
最後に周ってきたのは、チューバパートであった。唯一、このパートだけは「はとポッポの世界旅行」を練習していた。
その時、歌音は聡太の心を見てしまったのだ。チェンソーを持った農夫が大きな木の前に立ち止まり戸惑いの表情を見せている。音にも迷いが見られ、曲になっていない。迷いと混迷……。それが支配されたチューバパートの練習室……何かと暗い演奏になってしまっている。
どうしてこんなに悲しい演奏になるの……。「はとポッポの世界旅行」は、陽気でミステリアスな雰囲気を醸し出しているのにそれがない……。このままだとダメだわ……キラーチェンソーみたいだわ……。必ず、私はこの三曲を仕上げるんだから!!!!
悠が指さすところには、クラリネットパートのメンバーたちが地面に倒れこみ、地面に伏せている。たぶん、徹夜続きだったんだろうか?
その時、歌音の腕を誰かが掴んだ。犯人は簡単だ。
歌音はそれだけは嫌だ。
自分のいく道は、自分で決めたい。なのに、悠に指示されて動くのだけはごめんだ。それが、どれだけ偽りの道でも歌音は正していきたかった。
クラリネットパートも里紗が復活し、悠を嫌な目で見ているのが分かる。ここで争いをするな、と里紗の心が訴えているのが分かる。
悠は、ばつが悪そうに歌音にこう告げたのだ。
しかし、それは後に現実になることは誰もこの時知らない。
物語は加速を始める。歌音の行動次第で全てが決まる世界なのだから……。