練習終わりの暮れ泥む光に包まれた病室に一人のクラスメイトの姿があった。チューバパートの南 詩織の姿だ。詩織は、一人で聡太の面会に来ていたのだ。本当は、織音と帰る予定だったが、聡太に会いたくなったのだ。会いたくて仕方なかったのだ。
詩織は、聡太の入院している病室に入るとすぐに聡太の枕元に近づき、聡太に耳打ちした。
2017/08/21 12:24
ごめんね、聡太さん。あなたの中の夢見させてもらいます。後で、たくさん謝るから……。今だけは、許してね
2017/08/21 12:29
詩織が聡太の額に手を触れる。すると、詩織も激しい眠気に襲われ、そのまま聡太の夢の中に入り込んでいったのだ。
2017/08/21 17:13
ここが、聡太さんの夢の中……。すごい……。木々がいっぱい生い茂っているわ……。今では、こんな緑が深い森そんなに見なくなったわね……。
2017/08/21 17:14
夢の中の詩織の姿は、姫巫女だ。しかし、その姫巫女にも影がある。そして、詩織は夢の中で聡太に出会うことになる。農夫で木こりの姿をした聡太に……。
この世界が崩壊を始めているのか、所々崩れ始めているのが分かってきた。詩織は、焦りを隠せない。早く聡太を探さないといけない。詩織は、聡太を探し始めた。巫女装束は、森の中ではとても動きづらい。枝を踏むとパキパキと音を立てて、静かな森に音楽のように響き渡った。
2017/08/21 17:16
深い深い森……。獣が出てきても可笑しくないわ。
2017/08/21 17:20
詩織がパキパキと枝を踏んだときだった。遠くから獣の唸り声が聞こえてきたのだ。その声に詩織は驚きを隠せない。どこから獣が出てくるのか分からない。すると、目の前に狼数匹が詩織の前に姿を現したのである。
声にならない叫び声をあげた詩織の周りには、誰一人いない。ここは、聡太の夢の世界。眠りについている聡太は、なかなか意識が浮上してこないのか詩織の目の前に現れる兆しはない。詩織は、懐から小刀を取り出し、狼と対峙していく。しかし、詩織の後ろは隙だらけだ。一匹の狼が詩織に飛びかかろうとしているのにも気がつかないほどに……。
2017/08/21 17:34
狼の鋭い爪と牙が詩織に近づいていた。死にそうな時って何故か色々な物がスローモーションに見えるって噂は、本当の事だったんだ……。
詩織は、目を瞑った。自分がどのようにして死ぬのなんか見たくもない。しかし、詩織が死ぬような事がなく、狼の方が地面に横たわっているのが分かった。狼のお腹には、弓矢が突き刺さっており、血が滲んでいた。
2017/08/21 17:56
こんなところに一人で来るとはさすが詩織だな
2017/08/21 17:59
この声の正体は、聡太だ。木々の間で弓を構えて立っているのを詩織は見つけた。聡太を見つけた瞬間、詩織の涙が溢れだし、聡太に抱きついたのだ。そして、言えなかった事を伝えたのだ。
2017/08/21 18:00
ごめんなさい、聡太さん!! あの時、私が止めていればこんなことにならなかったのに……
2017/08/21 18:02
お前は何も悪くないよ、詩織。悪いのは、心が弱かった俺だから……。気にするな
2017/08/21 18:03
そうじゃありません。私が、聡太さんを納得させれるような演奏が出来ないから……聡太さんは起きてくれないの……。全部、私のせい……
2017/08/21 18:04
そうじゃない!! 詩織、聞いてくれよ!! これは、俺が目を覚ますためのヒントを与える。これは、悠と圭には内緒にしてくれ。明里にも言うな。俺が言うことを今から本気で聞いてくれ
2017/08/21 18:06
夢の世界の聡太は、息を吸い込み、落ち着いた表情で詩織に近づいたのだ。この距離で詩織は、ドキッと心臓が跳ねあがったのだ。
2017/08/21 18:09
バカ……キスはしねぇよ。夢の中なら良いだろうけどよ……後で思い返すと恥ずかしいからしない
2017/08/21 18:15
それぐらい分かってるわ。とにかく、聡太さんどうしたら良いのか教えて下さい!!
2017/08/21 18:16
俺が求めている音色は、きらびやかで威風堂々たる音。しかし、それが今は俺らの楽団では足りない音色だ。「マナティー・リリック序曲」は、それを発揮しやすい曲である以上、俺はそれを聞きたい。今日の聞いた曲は、何かが足りないんだ。俺が求めている音色とは、程遠いものだ。クラリネット・フルート・オーボエの連符も足りなさすぎる。リミットまでもう時間がない。間に合わないと思ったときは、最終手段だ。詩織にしかお願いできないことだ。聞いてくれるか?
2017/08/21 18:16
分かったわ。聡太さんが言うことなら何でも聞くから
2017/08/21 18:21
間に合わないと思ったときは……詩織から俺にキスをしてくれ
2017/08/21 18:22
その言葉を聞いた詩織は、一瞬にして真っ赤になってしまう。相当、恥ずかしい事を要求されたものだ。でも、仕方ない。これは、最終手段だ。とっておきの最終手段なのだ。詩織は、聡太の言ったことに頷いた。
2017/08/21 18:22
とにかく、頼むぞ。詩織ならできるよ。俺は、信じてるから。だから、早く元の世界に戻った方がいい。この世界も崩壊が始まった。きらびやかで威風堂々たる音を頼むぞ。
2017/08/21 18:24
だんだんと夢世界から遠ざかる。
詩織は、奈緒の呼びかけによって目を覚ましたのである。
2017/08/21 18:26
あの……面会時間終了なんですけど……
2017/08/21 18:26
すみません!! すぐに出ます!!
2017/08/21 18:46
うん……また明日でも来てくださいね。その方が、國山くんも喜びますから
2017/08/21 18:47
奈緒の呼びかけによって詩織は、笑顔で応対し、聡太の病室を後にしたのであった。
一方、病室に残された奈緒は誰もいないのを理由に意味が深いことを呟いた。
2017/08/21 18:49
この世界は、残酷……。しかし、それを変えるのが人間同士の愛と世界共通の音楽である。その事だけは、誰一人忘れないで……
2017/08/21 18:51
世界は巡り行く。前回のような最期は許されない……。この世界から音楽が失われないように歌音たちは、活動を続けるのであった。
2017/08/21 18:53