歌音と一成の過去 中編
文字数 3,127文字
私が夏休みに入ってもお兄ちゃんは、土日も制服に着替え、何処かに出かけていた。
何か嫌な事でもあったのか疑った事もあった。それでも、その事に対してお兄ちゃんは、事件の事後まで口を閉ざし続けた。
この日に限って、お兄ちゃんは岡山県へ行っている状態で、仲の悪いお父さんとお母さんが一階で喧嘩していた。私は、関わりたくない思いもあり、部屋で絵本を読んでいた。
やがて、その集団は自宅に招き入れられた。何の躊躇や戸惑いもないまま、そこから二時間以上の時間が流れていた。
異常な鉄の錆びたような臭いがする。その臭いに気持ち悪さも覚えてしまう。でも、確認してみないと分からない。私は、恐る恐るリビングの扉を開いた。
何が起きたのか分からなかった。目の前に映ったのは、この世の終わりを表したかのような赤。
声も出せなかった。あの時、大きな声を出していれば、お父さんとお母さんも助けられていた。
この罪は、一生報われる事はない。
しかし、バチがあたった。十年前の一月、何十年か振りの関西地方での大雪。俺と両親が乗った車にスリップし、横転したトラックが突っ込んできた。その衝撃で助手席に乗っていた俺は外に投げ出された。
次に目を覚ますと、一週間経過していた。外を見るとまだ雪が残っていた。
新大阪から東京まで新幹線に乗り、東京から仙台まで新幹線に乗る。一日旅みたいな感じだった。荷物は事前に送っているし、小さなキャリーバッグとホルンだけで仙台まで来たが、初めて来る町に土地勘なんて全くない。
とりあえず人に聞こう、と振り返った時、人と接触してしまった。さすがに、今のは俺が悪い。謝ろうと振り返る。仁王立ちで怒りを顕にしている女の子が一人。背中には、何か背負っている状態の女の子の隣には、革製の学生鞄を背負っている男の子一人。
まさに目の前にいるのは、その中の一つのチームのメンバーだった。
亜里沙は、気まずい感じだったが、正樹の方は、仙台市地下鉄南北線の勾当台公園駅から少し離れた住宅街の大きな庭付きの一軒家まで案内してもらい、この日は助かったと思う。
そのまま、俺は鈴鹿邸で暮らす事になった。優しそうな普通の家族という感じだったが、すぐに違和感を覚えた。長女が一人いる、と聞いていたのだが、まだ一度も会っていない気がする。どこにいるのだろうか?
そんな六月の雨だったある日、歌音がいきなり家からいなくなった。学校から帰ってきた時、父の弟夫婦から聞いた。二人は精々した、と安心した表情だった。
はっきり言ってしまえば、俺はまだ学生で、生活能力なんて一切備わっていない。アルバイトも学校の規則で禁止。歌音を助ける方法、それは俺がもっと強くならないといけない、と再認識した。
まだまだこの地には、馴染めない。土地勘もない。雨の降る世界は、全てを流してしまい、前を霞めた。