賢者のいない本番③
文字数 1,039文字
悠くんが言っていた事は、本当の事だった。音と音のピースがきっちりと噛み合い、バラバラだったジグソーパズルのような個人の音色は全て束ねられていた。悠くんがいる状態だと、最初から完成したジグソーパズルだった。これが、今日のリハーサルまでの状態。
今回は、事態が異なってしまっている。音と音のピースを的確に、正確にはめてくれる人がいない。
里紗が言う「最悪の事態」に陥っている。私の「最悪の事態」も想定していた。それがどちらに転がってもおかしくなかった。
目に映るのは、完全に押し潰された心、諦め、苦痛。
このままではダメなのに……私は何も出来ないまま指揮棒を持って、指揮台に上り、皆の音を導く努力をしても、嵐にのまれ、集めたピースも散り散りに霧散してしまう。見えるのは、光すら見えない風雨にさらされた大地と風化した崖、底のない真っ暗に包まれた世界。
皆が頼りにし過ぎていた唯一の賢者がいない演奏なんて何の意味もない。観客たちも薄々気がついている。悠くんの存在がどれだけ重要であるかなんて、最初から分かりきっていた。
私たちは、立て直せないまま演奏会を終えてしまった。