恋煩い
文字数 2,023文字
いきなり「 sing sing sing 」で時間をとられていた。クラリネットのソロとトランペットのソロが全くといっていいほど音が響いていない。里紗は、多分過去のトラウマに囚われているのであろうが、圭は私情だ。歌音には、その事が分かっていた。はっきりといって歌音は、合奏には私情を持ち込んで欲しくない、と思っている。口には出さないけど。
合奏中も圭はずっと上の空であった。ソロの音が出ていなかったり、連符の音が掠れたり、圭らしくないミスを繰り返していた。特に「 祝典序曲 」と「 第六の幸福をもたらす宿 」が酷かった。譜面落ちをしてしまったり、トランペットのピストンを押さえている指先が震えて動かなかったり……。
歌音は、その度に注意を施したが圭は上の空で歌音の話を聞いているようには見えなかった。
放課後、歌音は屋上に圭を呼び出した。歌音は屋上から景色を眺めていると、屋上へあがってくる階段の扉が開き、圭がふらふらとやって来た。
圭は黙っていたが、何かを思いついたかのように口を開いたのだ。
歌音は、そんな事気にしていない。圭が安心してくれればそれでいいと思っていた。
歌音はそれに安心しきっていたのかもしれない。圭の笑顔を見た歌音は嬉しくなり、微笑み返した。
圭の事が心配になるのは、友達としてだ。それ以上の事はない。でも……。歌音は、心配そうに学園の屋上から町を見下ろしていた。紅葉と銀杏の葉が舞い上がり、町に降り注いでいた。
しかし、いつまで経っても圭の吹くトランペットの音色が響いてくることがなかった。