魍魎の街 節四・三

文字数 1,141文字

 「成る程。それは」と、話を聞いた世道も、言葉を失う。
 「清浄は神明の道」刷雄はため息を吐く。「悪所の神道は、疫病神ばかりじゃ」
 「卯月の、気持ちの良い季節だというのに、異常ですな」
 「このまま暑うなれば、蔓延するやも知れぬ」
 「申し遅れました」と、世道が、頭を下げた。「なんじゃ」
 「先刻、陰陽寮から遣いが参りました。陰陽頭(おんみょうのかみ)が四角祭を奏上した模様」
 (高橋殿が)
 陰陽頭は、高橋御坂(たかはしのみさか)。皇族出身だ。この頃の陰陽寮の上層部は、渡来人が多く、元皇族もいる。
 八省の要が中務省(なかつかさしょう)、そのなかで、陰陽の和合をはかる陰陽寮の位置づけが分かる。陰陽は、大陸から伝わった技であり、天地の主催者皇統から出たものがつとめるのにふさわしい。
 四角祭。
 これは、疫病や災いを封じ込めるためのものだ。京の四隅に神を祭り、全体を浄める。穢れの侵入を阻み、また、外へと追い出す。
 (吉日(よきひ)を選んで、追儺(ついな)の騒ぎとなろうぞ)
 追儺は、本来は大晦日の行事で、その年の厄や鬼を、鬼面と鉾を身につけた男が払う。侲子(わらべ)を引き連れ、鬼を追い回す。「鬼()らい」と。
「話を聞くと、むしろ、悪所の四隅に結界を張りたいですな」
 「おぬしがやれ」
 「ハ?」世道が、キョトンとする。
 話を急ぎすぎた。髭をいじくりながら、言った。
 「また、方相士(ほうそうし)が活躍することとなろう。祭りの進行や、なにが起きるかを把握しておきたい。おぬしが、方相士をつとめよ」
 世道が、顔をしかめた。
 四角祭の追儺となれば、京の四隅を歩き回ることになる。
 方相士は、追儺にあって、鬼面戟鉾で装い、鬼を追う役目のものだ。鬼を追う鬼。
 鬼と童が、鬼を追う……
 「伴のものは拒まれるが、おのれの手のものを諸方に配する、と」
 「左様、四方、四隅に、のう」
 世道が、憮然とする。
 
 図書寮のものが、鬼を追い回す力士の役目だが、これは、適任だ。なんとなれば、菅原氏は、ほんの十年前までは土師(はじ)氏であり、その祖は、古の豪傑、野見宿禰(のみのすくね)にさかのぼる。一方で、少し前まで、菅原古人(すがわらのふるひと)が、侍講(天皇の教授)をつとめている。間違いなく大儒の家ではあるものの、その祖は、角力の開祖なのだ。世道も、いかにも菅原らしい知能を持ちながら、雄偉な体格を誇る文武両道。方相士は、大男が任じられるならいである。
 (と、理屈を付けて奏上すれば、定めし受け容れられることであろう)
 「やれやれ。長岡京の四隅を経巡る行進ですか。たまりませぬなあ」
 「ふ。古人の勇武を思い起こせ。上古(かみ)の野見宿禰ならば、疫鬼を追い払う方相士どころか、邪鬼を踏みしだく毘沙門天じゃ」
 「毘沙門天なら、北方を守護していれば済む話ですが……やれやれ、一人四天王とは」
 「万夫不当になれと言うておるわけじゃなし」
 「だいたい同じくらい難しいですよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み