まつろわぬ民 節六拾九

文字数 1,123文字

 「農夫のじいさまのようになっておるぞ」
 藤原刷雄(ふじわらのよしお)が、徐福のかたわらに立つ――まったく、田舎翁(でんしゃおう)の風情だろう。
 野良の終わった(ゆふ)べ、残照と涼風に向き合っている気分だ――
 二人の前には、澄み渡り、その清澄の気配が生命を容れないようで、かえって、空恐ろしい――あの気配にまつわられた、小泉川がある。
 雨は、上がっていた――
 月が、さやけくも、流水に映じている――
 「やってくれた、のう」ジロ、と、刷雄が、座り込んでいる徐福を見下ろす。
 (ふ――)
 「妙にしおらしいと思うておったが、やはり、肚に一物(いちもつ)含んでおったかえ? ――罔象女神(みずはのめのかみ)を神鏡に遷御あそばせ、氏神とともに水神として祀る……それはそれで、完結しておったが」
 (藤原氏、か……)
 祭祀の家柄――アマテラスを祀る司祭……天児屋(あめのこやね)命の後裔(すえ)。かし(づか)えるものだ――かつて、一時とは言え、輝かしい同盟関係にあった、われわれとは違う……
 いや、そうでもないのか――?
 われらも同じだ――対等、と、そううそぶきながら……
 いつだって、(はべ)っていた。
 (さぶら)っていた。
 (ただ、わしらの違いは――)人文――学理。
 文系としてあったか、理系だったか――
 足らなかった――欠けていた……技術者の通弊だ。
 「人に対する」その姿勢……
 それが、その方面の能力が見当たらなかったからこそ、中央に膝を屈してきた――渡来人の顔としてなにくれとなく献じてきた。「うるさいことは言わないでくれ」と……
 

――
 刷雄を見る。
 (それでもいい)と、思った――それでええ、こやつらは、こやつらで、底の部分は、真摯なのだ。
 どれほど、権力闘争の猖獗に明け暮れていても――その底辺で、日とその女神(ひめかみ)を、信奉している……
 われらは、太陽(てんとう)を中心に、廻るのだ……
 その輪舞(ロンド)――ご憫笑あれ。
 ちいさきものどもの、いともささやかな粗餐(うたげ)……
 「罔象(みずは)とお呼びすべき御方を、罔象(もうりょう)と呼んで勧請した、のう。あれは、生活用水ではのう、馴致(じゅんち)されぬ影と死角、野の水沢に結ぶ魔であろう」
 息を吐く。
 
 「異境辺土(いきょうへんど)の道標たれ、と――そう、祈ったか」
 
 (さすがに、目前では、

を見とがめられるのう)式次第にはうるさい連中だ――そういう、司祭の気風を保っていてもらいたいものだが。
 宮廷での出世栄達にきゅうきゅうとする俗物では、堕するのは目に見えている――
 (そうなれば――簒奪しに行くがね)そのくらい、気焔を吐ける鋭鋒(えいほう)は残っている……
 徐福は、息を吐く――
 「日の(もと)(あらた)かに輝くにせよ、日没する(ところ)(さや)かに流れるにせよ、(みず)は、脈々として、


 朝の光であれ――野の闇であれ……
 「かんじんなことはそれよ。のう?」
 
 「

のか?」
 
 「

」徐福は言った。
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