まつろわぬ民 節百四拾五

文字数 1,566文字

 そして、健児の制が、このものがたりの五年後に敷かれ、常備軍が廃止される――
 
 ――われわれが現在しるかたちでの、武士の発生は、あまりにとうぜんのようにおもえる……八幡信仰で地ならしされた穀倉地帯が、無法地帯にかわったのだ!
 これを自衛すべく、弓矢八幡を信奉する戦士たちが崛起するのは、とうぜんのことではないか!
 「南無八幡大菩薩」このはたじるしのもと、開拓農民たちが、かれらをひきいる農場主が、盗賊たちをむかえうつ……!
 日本の百姓は、ともすれば無力に搾取されていただけの階級のようにおもわれがちだが、はたして、そんな可憐な相貌をしていた時期があったのかどうか……戦国期、盗賊やその他略奪行為にてをそめるものたちをよせつけぬように、「(そう)」という自治会が組織され、農事、祭事、自衛などをはなしあっていた。この惣によってうごく「惣村」が全国にひろがり、この村落をそのまま地盤とする地侍たちをうみだす……
 どうも、「農」は、たやすく「武」にむすびつき、「侍」を輩出する……そういうシステムが完成している……惣村そのものは、鎌倉時代にはあったらしい。これが非常時には、武力に転向する……
 
 八幡神は、武神なのだ。
 
 そもそも、「一揆」という、おもに農民の武力蜂起を意味する固有名詞がある――こういう言葉は、ほかのくににはあるのだろうか? まこと、日本の百姓はたけだけしい……
 
 話を平安初期にもどそう――そもそも、農民たちが、耕地をひらき、田地をおしひろげる起爆剤になったのは、秦氏を代表とする金属加工能力をもつものたちが量産する鉄器だ。鉄製農具が、土木をほどこし、大地をたがやし、川筋をつけかえる……地勢が、農に適したものにかわっていくという、人力の偉業がなしとげられる――
 そこに、盗賊どもがちょうりょうばっこするようになる……平安期を舞台にやたら草子でかたられる鬼や土蜘蛛を、ようするに盗賊のことだと解釈するひとはおおい――ちょうりょうばっことしかいいようがない。
 それらをむかえうつべく、八幡信仰をかかげる農場がだんけつし、鉄製の鏃や刀が鍛えられる……
 ――鉄。
 
 鉄の意志(ウィルネス・オブ・アイアン)……
 
 われらは鉄陣営(アイアンサイド)……
 
 畢竟、鉄なのだ。
 そもそも、八秦(やわた)が皇祖神に列する厚遇をさずかったのも、秦氏が、鉄器をもちいる、おうせいな農地開発能力をもっていたからだ……
 
 鉄の時代が、うぶごえをあげていたのだ――いや、後にまきおこすどとうをおもえば、咆吼としかいえぬ喊声(スローガン)を……
 
 同時に、秦氏が地方の開拓前線で、とくべつな存在感を発揮するのも、とうぜんのことだ――
 鉄と八幡の司祭なのだ――鉄器をもたらし、利水の叡智をもつ……
 百官を出し、百工をやしなう、
 
 百姓の守護者だ……
 
 このばあいの百姓は、百の姓名、ありとあらゆる出自、素姓のもの、であろう……
 
 もともと、秦氏は、おなじ渡来人の雄漢氏(あやうじ)にくらべると、どろくさい……漢氏が、中央で、文武の秀才をだしつづけていたのに対し、秦氏は地方の開発で富力をたくわえ、どこか中央から乖離したものにおもわれてきた。
 
 ここにきて、秦氏は、かんぜんに、どろにすねをひたした農民になった風情がある……平安期の秦氏は、京では楽師などをおおくだした――この系譜の末裔が、宮内庁首席楽長をつとめられた東儀俊治(とうぎとしはる)氏だろう。秦河勝以来の楽界のエリートである。
 
 一方で、(ひな)で農工という世界にむきあいつづけた秦氏は、かんぜんに、健児の制以後の無法地帯に適応した、武装農民とその領袖になっていった――この時代は、地方の事情も動乱もよほどおおきなものでなければ記録にのこらないが……フロンティアと、それをかすめる無法者という構図は、かんぜんにアメリカ西部劇のそれである。
 牧童(カウボーイ)のかわりに、農民が立つのだ。
 
 武士たちがうまれる――
 
 
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