習合 節五

文字数 1,173文字

 兵主神社と、兵主部(ひょうすべ)たちが加わることで、悪所は、変わりつつある。一言でいうと、赤い。(うーむ)そう、思わざるを得ない。例えば、あちこちに赤い布が結びつけられている。赤い札が貼られ、陋屋の網代にも、赤い塗料で「丁」の字が書かれていた。この「丁」は、蚩尤の彫刻の、頭頂から生えている突起物と同じものだ。兵主神の頭から生えている、弓か弩を表している。街行く人は、衣類を赤く染められるものはそうしていた。赤い小旗をたずさえるもの、杖に赤い布を巻き付けているもの。あの、彫刻の蚩尤と同じ、「人面獣身」に見える象貌が、あちこちに描かれている。この赤い色と、兵主神の姿が、疫鬼を退散させる。(こりゃあ)刷雄は、悪所を膝下とする、天を掠める兵主蚩尤の霊異を見上げる。まさに(蚩尤旗(しゆうき))とは、赤い軍旗のこと。蚩尤を表すこの色の旗は、軍神の稜威(いつ)をもたらす。それと同じ色が、さまざまな場所を飾っている。「

ですなあ」刷雄と同じものを見上げて、世道が言う。「霊験が、というより、ともかく(あらた)かです」あらたか、とは、霊験や薬効がはっきりとあらわれていること。兎も角、蚩尤の色が、悪所を染めている。(紅葉)などと、ふと思う。そう言えば、黄帝に処刑された際、蚩尤がはめていた手枷足枷が、その鮮血に染まり、それが楓になったという。赤は、蚩尤の色。「功徳も、薄くはあるまいて」事実、蚩尤の威風が、疫病を遠ざけている。その色をまとうことは、魔除けで、病魔を退ける効能がある。牛頭六臂の魔神は、霊感のあるものにしか見えないが、そうでなくとも、霊威は感じているのだろう。人々が感応し、守護神の加護を得る工夫をこらしている。ひょうすべたちが、疫病除けの手段として教えているというが、それ以上に、人々が、自発的に、赤いものを身につけ、街頭に掲げだしたという。赤い色は、病魔を払う。
 これも、唐突な連想だが、赤べこという会津の郷土玩具がある。これの由来は、一説には、平安時代に蔓延した疫病を追い払った、赤い牛だという。
 「兵主(ひょうず)さんのおかげじゃ」などと、住人は言う。京では、神様のことを、神さん、と呼ぶ。「兵主さん」は、その社が建つ前から人口に上がるようになった。それどころか、「兵主部(ひょうすべ)さん」という呼び名が一般的になり、それが、あたかも兵主神そのもののようにとらえられるようになった。
 (面白い)尊神そのものと、それに奉仕する集団が、同じものとしてとらえられる機微は分かる――外から輪郭を見れば、そんなものだ。まして、ひょうすべは、他の人間とはどことなく異なる、式神とも思われている集団だ。氏子が、氏神そのもののようにかんちがいされることもあろう。「ひょうすべさんへ」「お気張りなされや」などと言って、住人からの布施が届けられる。銭や飯だ。疫病終息への祈りを込めて、なにかせずにはいられない。
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