まつろわぬ民 節八拾七

文字数 1,128文字

 ただ、鉄は、元来が、かがやかしい――草薙剣は、鉄剣であらされたのだ。
 剣――
 鉄は、あらゆる分野の道具にもちいられる……なのに、その第一の表象は、鉄製の武具で想起される――ふしぎといえば、ふしぎなことだ。たしかに、鉄は、戦争に革新をもたらした。その重み、その固さ、その鋭さ……われわれが一般的に刀槍や鎧をおもうとき、その材質は、間違いなく「鉄」だ……
 黙契――
 金打(きんちょう)――
 なにかが、約されたのだ――この金属を人が手にしたとき。
 われらは世界を手にできる……その確信は、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)を手に入れたときのスサノヲ命にも似て。
 剣。
 それが、こうまで形を変え、浅い反りを帯び、片刃に冷徹鋭利(れいてつえいり)のやいばをそなえて……鞘に収まり、鯉口に鍔をふれさせて……
 
 われらの腰間におさまりおろうとは……
 
 勇者(アイアンサイド)たちは、物の具の音をひびかせながら、暗闇をすすむ――京洛……これも、宿命の土地だ。
 京に旗を立てる……この至上命題にくるめいたもののふは、いったいぜんたい、どれほどの数におよぼうか……
 木曽殿しかり――頼朝公は京を恐れ……室町殿は京をして覇府の御所とさだめられた。三好松永(みよしまつなが)輩はこなたを劫略し、右府信長はついに京を守りとおす……
 血まなこだ。
  無残やな かぶとのしたの きりぎりす
 下の句など無用――道半ばにて完爾として泉下におもむく……それがもののふのあり方なれど。
 もののふに亡霊なし――
 (ならば、われらはなんなのだ)
 こうして、千万の軍勢をひきい、脛巾(はばき)に脛当てを添わせ、陣笠の雑兵兜の大将、あまた旌旗をなびかせて……
 われわれはどこから来たのか(ドゥ・ヴヌゥ・ヌゥ)? 
 われわれはなにものなのか(クソンム・ヌゥ)? 
 われわれはどこへ行くのか(ウゥ・アロンヌゥ)
 ――父と子と聖霊の名において(イン・ノミネ・パトリス・エト・フィリィ・エト・スピリトゥ・サンクティ)
 そも、こなたは、われらが愛執の

である、あのみやこではのうあらなんだか――
 それでも、京……これも京、と?
 (なんと場違いな)
 そうありなさい(アーメン)
 われらは、こなたでは異物なのだ。いや――
 こなたでは?
 
 本邦(こなた)では……
 
 面頬のおくで衝き上げた激情……もののふのまなこに溜まった潮は、いずれのみなもとより沸いたのか。
 そうやって、ながいたびのはてに、こなたの土になることを決した、

のものたちがいた……
 それが――それこそが。
 (父祖よ)
 三者が邂逅する――三位一体。
 つむぐもの、はかるもの、()つものが。
 過去と現在と未来が。
 
 父よ、どこへいかれるのですか(クオ・ヴァディス・パテル)
 
 鎧武者と雑兵の軍団は、延々、長岡京を進軍する――
 進軍といいじょう、攻略すべき相手ももたず……
 馬揃え(うまぞろえ、観兵式)――どなたかの、観閲にあずからねばならぬのだと……
 ご披露せん――われらが、いともささやかな矜持と雄姿。
 
 お目通り願わしく……
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