まつろわぬ民 節五拾九

文字数 698文字

 八幡司は、氏族の秘宝(レリック)を、愛おしげに撫でさする――「牢記(ろうき)せよ。われらが直面しつづける、永遠の命題よ」
 そのまなざしは、銅鏡の――現在の本邦と同等かそれ以上のレベルの工芸品に注がれたまま、言った。

 「われわれはどこから来たのか? われわれはなにものなのか? われわれはどこへ行くのか?――」

 避けては通れぬ、問いかけの回廊――姿見のごとく……
 答えを間違えれば、天邪鬼が笑おう。
 徐福は、黙り込む――小娘ならば、口許に拳を寄せていたかも知れない。
 われわれはどこから来たのか(ドゥ・ヴヌゥ・ヌゥ)? われわれはなにものなのか(クソンム・ヌゥ)? われわれはどこへ行くのか(ウゥ・アロンヌゥ)
異邦人で――渡来人で――帰化人になりきれぬ――邦人ではない――
 わけのわからぬ、ナニモノか……?
 抜き差しならぬ命題――朝に媚びる道を拒み、野の未開と未明に消えるにしても……そこで、灯火のごとく保つ命脈を見定めなければ、もとのもくあみ――水泡に帰す……
 この呪われた水都を出た甲斐もなく……
 譲れぬ一条――すでに、故国を離れ、本当の本貫がいずれなのか記憶もなく……そんな自分たちが、「これこそ自分たちだ」と誇示することのできる、その由縁(アイデンティティ)……
 われわれはなにものなのか?
 魍魎のごとく、秦の名は渡来人全般を指し示す代名詞となり、すでに、まとまりは欠いているのだ――それでも、自分たちを自分たちたらしめた、自分たちが共有するその事由を見出さなくては……空中分解は必至。
 辺土の闇にて、ただただ烏合の衆として消え入る仕儀となろう。(からす)は闇に融けるが定め――暗闇の中、牛歩なれどおのれを保って進みたいのなら――見極めねばならぬ。
 保つこと、保存することを。
 

を……
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