まつろわぬ民 節十四

文字数 1,561文字

 (本気か)やるつもりだ。
 罔象女神を召喚し、水都の守護神にする。
 「公務として、兵主神を祭神に定めた以上、その条を()げるわけにはゆかなんだ」徐福が言った。
 「故、私祭を以て罔象女神を勧進し、遷宮(せんぐう)遊ばせていただき、兵主(ひょうず)とともに、合祀する」
 合祀。
 兵主神とともに祀る、ということだ。兵主神と一体になる習合ではない。
 それでも、この際、「合」というのは、不穏当だろう。すでに、ぬえのごとき複雑怪奇な相貌を備えている。かたわらに祀られているものと、いつ、一線を超え、習合して崇められることか……
 そうなったとき、ひょうすべは、今の状態から、さらに、どうなってしまうのか……
 ただ、水きよらかにし、疫病を封じるのなら、これ以上の選択肢はないだろう。この選択肢(チョイス)から、さらに、奇妙な枝葉が伸び、枝振りを歪めてしまわないよう、祈るのみ……
 そんな危険を犯してでも、罔象女神を勧請せんとする……一体全体、どういう心変わりだろうか?
 かつて、地鎮祭に関わる手間と費用一切を肩代わりし、のみならず、少なからぬ運動資金も費やしたであろう――そうまで、いわばロビー活動に励んで、氏神を水都の守護神へ、祭り上げた……
 祭り上げられた高みから、氏神が転落したのも、たしかな事実……だが、そうまでして用意した祭壇を、他の神と分かち合う……そんな、利他精神を発揮するものなのだろうか?
 秦氏は、歴史上、さまざまな権力者に接近し、婚姻関係を結び、土木建築には人員も金銭も割いている――官位が低いにもかかわらず、藤原北家や、藤原種継の母もそうだが、藤原式家などの権門に縁戚として連なるあたり、秦氏の無視できぬ富強と、抜け目のなさが感じられる。
 金離れは至極良く、ずいぶん、手広くやっている連中だ。しかし、秦氏のそれは、間違いなく、ことごとくが工作資金だ。先々への投資だ。
 それなのに、ここで、おのれらの氏神に合祀する形で、罔象女神を祭り上げんとしている……
 利他精神で動く連中ではない。この心変わりは、なんなのだ?
 それとも、本当に……それしかないのだろうか?
 朝野の、後者の覇者として、古代からその名を轟かせてきた秦氏が……日没するところの天朝を名乗りとした意気軒昂の野党が、本朝に下る。
 それ自体が、革新的な動きだというのに……かつての、渡来人氏族の雄、本邦にあって、異邦の(よこいと)を一本通すように、傲然と異彩でありつづけた氏族が、朝に服属し、朝に屈し……
 それでもなお、立つ瀬を見出せなかったのか? この水都長岡の、人の手を加えられ、結果、淀川水系の暴れ川を、人界に解き放つ結果に終わった、抑えられぬ瀬流のごとく……
 そこに、秦氏の立つ瀬はない……
 どこにも、居場所などありはしない……
 だから、せめて……正体のわからぬ、奇々怪々なぬえ鳥に変じるにしても――
 闇の中へ飛び立つその際だけは、清廉なものにしようとしているのか?
 立つ鳥の示せる矜持なぞ、跡を濁さぬことしかないのだと……
 かつて、歴史の闇から姿を現した黒牛が、その前途に広がる闇の中に、消えていく――その際にものそうとしている廉潔……そういうことなのか?
 (奪い尽くされるのか)
 海外からやって来たものが、海内(かいだい)――豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらちいほあきみずほのくに)……楽園の下地として、肥沃なる大地の滋養として……
 消え去り、渡来人が帰化人に、日本人になって……その既往は、日本に途絶える。
 そういう怪物の胃腑に、自分たちは位置しているのか……?
 (化け物)
 この時代の波濤――先人を溺れさせ、泡沫(うたかた)のごとく、無数の有象無象と、後世を生み出していく……。この激浪の中、蕃別(ばんべつ、渡来人)のものたちは絶え、自分たちすら――藤原氏すら、生きのびることができるのだろうか……?
 長岡――混沌の京。
 大渦(メールシュトローム)に呑まれていく……
 
 
 
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