習合 節廿一

文字数 1,003文字

 京のものは、この神社の、丹とは異なる塗料の赤みを、特別視する。「赤鳥居」などと、鳥居は赤いものなのに、ことさらそう呼ぶ。その、蚩尤の色で塗られた、異形の大鳥居が、揺らいでいた。建立されたばかりだというのに、大風にさらされて、ぎしぎしと、軋んでいる。
 (ば、ばかな)鎮守の社の入口ではない。
 と、赤鳥居の巨大な輪郭のたもとに、人影があった。濡れ鼠になり、老身にまとわりつく道服は、鳥居と同じ色だ。(徐福)秦の方士が、赤鳥居を手で押し、(しゅ)を唱える。すると、鳥居が真っ直ぐになり、ピタリと安定して、揺らぐことがなくなった。
 「おい、徐福」刷雄が、方士へ呼びかける。じろ、と、老人が、二人を見た。「どうなっておる。兵主神は、鎮守の功徳は、なぜ(あらわ)れぬ」「わしらが聞きたいわい」徐福が、いらいらと、額に張り付いていた白髪をどける。「今日の今日まで、無病息災も、水質保全も、(あらた)かなものであったわい。それが、突然」
 三人の会話を、閃光がさえぎった。地上のあらゆるものを青白い輝きで塗り込め、影のみとする。光が刹那に駆け抜ける。と、雷光の後の、あの静寂(しじま)が、会話を拭い取ってしまう。梵鐘をついた後の沈黙に似ている。
 が、雷鳴は、この輝きの後に襲ってくるのだ。
 静寂という栓を抜いて、この世に、あれ狂う神の荒魂(あらみたま)の領域が、流入するかのような、恐るべき音響。大崩落であり、巨獣が歯牙をガチガチ言わせる音。この世には、人界など問題視するに当たらぬ、怒りに震える握り拳があるのだと、思い知らせる音声(おんじょう)
 樹木が()ける、宝石(ジュエリー)劈開(へきかい)する。そういう轟音。
 一同は、空を見た。見るしかない。
 先ほどの大音響で、地獄の釜が口を開けた。そううそぶくかのように、霊感に灼きつく、異形の行列――百鬼夜行。さっきより、ずっと間近い!
 (うおお)
  華葉光茂佛神力故。     (仏神の功徳で草花は茂り光る)
  令此場地廣博嚴淨。    (この地はきよらかであれと命じられる)
  光明普照。一切奇特。    (光明があまねく照らす、一切奇特)
  妙寶積聚。無量善根莊嚴道場。(妙宝は積まれ、無量の善根荘厳の道場)
  其菩提樹。高顯殊特。   (その菩提樹には特別な実が結ぶ)
  清淨琉璃以爲其幹。妙寶枝條。(清浄な瑠璃が幹であり、枝梢は妙宝)
  莊嚴清淨。寶葉垂布猶如重雲。(荘厳清浄、宝葉が雲のように垂れる)……
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み