習合 節十八

文字数 907文字

 和音。とは言い条、それはむしろ、

だ。黙示以前に悟らしめる、激越なる凶兆。
 巨大な怪物が、歯軋りした。
 京中の弦楽器(いともの)という弦楽器は、その凶兆の指先に触れられ、バラン、と、自ら(いと)を断つことを選択する。バラン、バラン、と、殺伐の音が、一度きり、解き放たれる。打楽器(うちもの)も同じことだ。鞨鼓(かっこ)鉦鼓(しょうこ)もない。さすがに、破れることはないが、トーン、チリーン、と、なにか、楽器が、悲鳴を発したような音魂(おとだま)を発する。大太鼓(だだいこ)も蔵の中で、ドドン、と、鳴り響き、それを耳にしたものは、警告じみた、せっぱつまったものを感じた。
 それは、夢寐にあってすら、同じこと。
 (北声(ほくせい)
 なにかの臨界を超えた。世界と世界の境界が、ずれ動き、致命的な齟齬(そご)が生じてしまった。胸底の冷える、凶兆の接触(タッチ)。刷雄は、掛け物をはね除け、飛び起きる。
 (なにが起こった!?)魔術師にとって、夢見の国も、現実(うつつ)も、互いが、互いの予兆めいたものだ。河程度で隔てられていても、どこかに橋があり、地続きになっている。ここが、現実、と、(しとみ)の向こうでサアサアと鳴りつづける雨音で察する。いかにも梅雨らしい、切れ間のない……。じっとりと、湿った夜気。
 不吉な予感が、消えない。どんどん大きくなる。
 (むう)あの、夢の国を過っていった、まがまがしい音。怪物が絶命する、あるいは、その真逆。孔子は、(しつ)の音の中に、温かく富んだ南音(なんおん)と、殺伐暴強の北声とを、聞き分けられた。まごうことなく、あれは、北声、それも、吹き荒れ、地上の秩序を蹴倒していく、極北の風神(ボレアス)の声。
 なにか、非常に重大な機微が、(あやま)ったのだ。
 (分からぬ)そうこうしている間に、サアア、という雨音が、より、みっしりとした、救いのない、天の偏執を感じさせるものとなる。風も出てきたのか、蔀戸に打ち当たる雨が、強迫的な音を出す。
 運命(フェイト)がノックする。
 (たしかめねばならぬ)「水晶(みずあきら)」と、刷雄は、式を打つ。部屋の隅で、水気が、名を得て、人影となって()る。瓶子からこぼれる甘酒(うましさけ)のごとき、見目良い女だった。「世道に遣いせえ。車で行くゆえ、仕度して待て、と」平伏する女に、言った。「悪所へ向かう」
 女の姿が、水滴のごとく揺らめき、薄れて消える。
 
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