ひょうすべの誓い 節十

文字数 621文字

 無名時代の秀吉は、針の行商人をやっていたともいう。これも鉄に関係のある話である。アイヌとの交易では、男は刀を、女は針をほしがる――主な交易品なのだ。
 
父親の方は、だれなのかわからない――秀吉の謀臣竹中半兵衛の子重門(しげかど)が、豊鑑(とよかがみ)という秀吉一代記を書いている。そのなかでさえ、「郷のあやしの民の子なれば父母の名も誰かは知らむ。一族なども云なり(しかなり、同上である)」と書かれている。秀吉自身が、実父についてなにも語らなかったのだ。
 こういう事情のある豊臣氏木下家が、やっとで見つけ出した、母系の素姓らしい素姓――それが、佐波多村主(さはたのすぐり)だったのではないか。
 
 だが、これを伝えられた幕府側編者たちも、困惑したであろう。(とんでもないものをもちこんでくれたな)とおそれおののいたのではないか。
 豊臣の名は、国際的なのだ。大明討ち入りというあたまのいたくなる挙におよんだし、結果、明の皇帝とも交渉している。これが、実は渡来人の末裔だったとなれば、日本の対外イメージそのものにかかわる。
 こんなもの「豊臣氏のたぐひ、いずれの別ともいひがたきもの」と分類する以外ないではないか。
 かくして、惟宗氏、豊臣氏、秦氏、という掲載順で家譜が載ることとなった。真実は握りつぶしたものの、大工がおのれの作品の一隅にそっと記名するように、編纂者たちも、危険な史実をにおわせたのかもしれない。――いや、偉人の語らぬ過去など掘りかえすものではない……鬼が出るか蛇が出るか。
 
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