まつろわぬ民 節八拾二

文字数 839文字

 
 それは、そういう戦慄をともなった感覚だった。向き合う前途から、出水(いでみず)のように――出水(いずみ)のように、湧出するのだ。
 ほんのすこし……なみだのように。
 (おお)
 (きず)からしたたる――血玉のように。
 それは沸き上がる――錚々(そうそう)創世(ジェネシス)をひびかせながら。
 昔日を破壊するために、朝がくる……!
 ときの声――黄金の戦車(チャリオット)……矛をかかげ楯突く勢が、旧日を……旧時代(オールド・デイズ)を、追い立てて……
 残酷なる――きらびやかな……
 ((あした)の刻限ではない)
 そう言い聞かせなくてはならない――そのくらい、夜明けの刻限におぼえる、あの戦慄が、凍てつくうずきが、鬼の遍身にみちみちている。めろろ、と、口の端から噴き出た緑の焔は、冬の朝に白くたなびく呼気にひとしい。
 震駭している――
 朝がくる……
 (うそだ)
 霜を敷き燦然とかがやいて――旧き時代の夢見を踏みしだき……
 残酷に夢を食い破るかがやきをおよばせる……
 氾濫する……!
 それは、牙をむいた、一大平野を貫流する大河のごとく……!
 種子が割れる――
 (うおお)
 (ああ)
 ひい、
 と、鬼どもが、おそれさわぐ……彼らでは立ち向かえない。
 これに、決然と向き合えるのは――ひとだけだ。
 (こんな)
 夜明けが、魔群を退散させる……おんどりが鳴くのか……
  常世の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かしめて
  
 (


 
 空が、白みはしない――だが、確実に、なにかがぬりかえられている……
 はじまりのなかに、おわりが懐胎する……
 それが、平安の世のさだめだったのだ。完成(パーフェクション)と――それをぬりかえるためには、くつがえす以外にはなかったという……
  夜明けの晩に
  つるとかめがすうべった
 後門の狼なぞ、問題にしない――前門の虎が、すべてを破砕する……
 丑寅(うしとら)の刻限……
 牛と虎のであうとき……
 鬼どもは、死せるものどもは、方途を見失うのだ――黄泉路は知っている。だが……
 生けるもののおりなす、未知の王国には、踏みこめない。
 ここからさきは、ひとの国だ……
 おにどもは、ただ、たちつくす……
 
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